高揚した気分も冷めやらぬまま、オレはごろんとベッドに転がった。つい何時間か前の事を思い出して、顔が笑ってしまう。
今日は、オレの十五回目の誕生日。
ボンゴリアン・バースデイバーティーの恐怖をなんとかかいくぐり、普通のパーティーとして皆に祝ってもらえて。
山本や獄寺君、他にもいっぱい、皆みんな。
遠いのにディーノさんまで駆けつけてくれて。みんな、口々にお祝いを言ってくれた。
オレとリボーンの誕生日を祝う為に集まってくれた、大切な仲間達。
「おめでとう、ツナ君」
そう言ってくれた京子ちゃんの笑顔なんて、最っ高に可愛くて。見蕩れちゃったせいで、ビアンキお手製のケーキにうっかり手を伸ばしちゃったくらいだよ。口に入れる前に気付いて、ほんとに良かった。
そんな風にオレがあともう数分で終わる、楽しかった誕生日の思い出にひたっていたら。
「知らないもんね!ランボさんじゃないんだもんね!」
「本気でうぜーな」
……ああ、出たよ……。
一日が平穏無事に終わるなんて有り得ない、そうだよね。
わかってる。わかってるけどさ。
声の方を眺めれば、泣きわめくランボにリボーンが、レオンを変型させて作った蛇鋼球を投げつけようとしてるところだった。
「やめろよリボーン!」
「こいつが悪ぃ」
「うわああああああん!!!!」
あーもう!
ランボが本格的に泣き出したじゃんかー、リボーンの奴!後の面倒見るの誰だと思ってんだよ!
「いい加減にしろって!」
大泣きして暴れるランボを、後ろから抱え込む。
「……ったくもう……って、え……?」
もじゃもじゃ頭を押さえつけると、目の前には、こっちを向いたバズーカの発射口。見間違いようのないそれは、確かに十年バズーカだ。
「んなーっ?!」
自分に向けてるつもりのランボの、手元が狂ってるわけで。そりゃこんだけ大泣きしてれば額からずれもするよ。
「こら!やめろよラン」
ボ、と叫んだオレの声に、爆発音が重なる。
頭に響くその音と、続く浮遊感。
……ああ、何でせっかくの誕生日に、こんな目に。
バフ、と目の前に広がっていた煙が消えていく。
そこに現れたのは、黒い髪の見知らぬ男の人で。びっくりしたように大きく瞳を見開いて、オレを見下ろしている。
ていうか、オレもびっくりしたよ。いきなり目の前に人がいるなんて、思いもしなかった。
目の前、っていうか。
見下ろされてる、っていうか。
……組み敷かれてる、って言った方が近い、かも。
「あの、えっと、すみません」
何とかこの状況を誤摩化そうと、しどろもどろでとりあえず謝っておく。
だってコレ、この状況、どう説明するわけ?十年前のオレでーすって?ムリ。ごまかせない。オレがグルグルとそんな事を考えていたら。
「……つなよし?」
「へ」
「沢田、綱吉」
目の前の人が、ゆっくりとオレの名を呼ぶ。
「いやあの、すいませんそうなんです、でも違うんですすいません」
自分でも訳が分からない事言ってる自覚は、あるよ。でもしょーがないじゃん!誰だか知らないけど、十年後の自分と入れ替わってるなんて知られちゃまずいじゃん!
誰だか知らない、けど……。
そこで少し冷静になった。
知らなく、ない。
この瞳を、オレは知っている。あの時は、怒りと憎しみと哀しみだけに支配されていた、この瞳を。この、紅く深く輝く瞳を、知っている。
忘れられるはずもない。
「……ザン、ザス……?」
そっと問いかけると、オレの上にのしかかってる男の人が、軽く片眉を上げた。
「やっとわかったかよ、ドカスが。……ふん、ボヴィーノのアレに当たったか、マヌケめ」
「え、十年バズーカの事、知ってるの?」
「まあ、な……」
なんかドカスとかマヌケとか聞こえた気がするけど、気のせいだと思おう。
やっぱりザンザス、なんだ……。
でも心なしか、オレの知ってるザンザスよりも穏やかな……落ち着いた雰囲気になったような。……そりゃそうか、十年経ってるんだもん。大人になったんだよな、きっと。
少しだけ落ち着いて、周りを見回す余裕ができてきた。
ぐるっと見回すと、そこは映画にでも出て来そうな、いわゆる『外国のお金持ちの書斎』な雰囲気で。オレはいかにもって感じの、豪華で座り心地の良いソファに横になってる状態だ。窓の外は、ちょうど夕暮れの気配。
……ここ、どこ?
いや、知らない方が幸せ……かも?
ていうか。
何でザンザスが、この状態のオレの上にまたがってのしかかってるんだろう。
……まさか。
ケンカ?
オレ、殴られてるとこだった、とか?
だってこの体勢、他に考えられない。
十年後経ってもまだそんななのかよー?前言撤回!
ちょっと青ざめながら恐る恐る視線をザンザスに戻す。下ろしてる前髪の間からオレを見つめてる紅い瞳と視線がかち合って、ひとつ、心臓が跳ねた。
やっぱこえー!!
慌てて逸らすと、はだけたシャツの胸元が目に入る。
どんだけボタン開けてんだよ!開け過ぎだよ!十年後の流行りかよ!
そこにドキドキする自分に、また動揺だ。
早く五分経ってくれよ!もう!
「何ソワソワしてんだ。落ち着かねぇ野郎だな」
「わっ!」
ザンザスの手が伸びて来て、ついビクついてしまう。だってしょーがないじゃん!
そんなオレに、ザンザスは小さく舌打ちをした。
「ぼ、暴力は良くないよザンザス!話し合おう!」
「あぁ?」
「ケンカはよそうよ、ね!話し合いで解決しよう」
「……ケンカだ?」
「……違うの?」
訝しげな顔のザンザスに、オレも首を傾げる。え、何か根本的に間違ってる、とか?
すると、ザンザスが急に悪戯っぽく目を細めた。
……うん、正直、びっくりした。まさに『悪戯っぽく』なんだもん。ザンザスが、こんな表情するなんて。
「そうだな。拳じゃなく、口を使って解決するか」
そう、言って。
ザンザスの顔が近付いて来た。それをぼんやり眺めていたら。
おでこに触れる、柔らかで湿った何か。
……何かって言うか。
吐息が額にかかり、小さくチュッという音を立ててその感触が離れていく。それと一緒に、ザンザスの体温も……香水?何だろ、すごく良い香り……それも、オレから離れていく。その事が、なんだかすごく寂しい。
ハッと気付いたのは、自分をのぞき込むザンザスと目が合ってからだ。
ちょ、まさか今の……でこチュー……?
おでこにチューされたのか、オレ?!
男に?!しかもこの、ザンザスに?!
パニックを起こしかけたオレの耳に、静かで……どこか優しい声が忍び込む。
「……Buon compleanno」
「……こん……?」
何を言われたのかわからずに聞き返すと、ザンザスはかすかに苦笑した。離れたって言ってもまだすごく近いお互いの身体、苦笑で洩れた吐息が頬に触れる。
「今日はてめぇの誕生日だろ」
え、うん、そうだけど。
「十五歳、か」
「うん……」
どこか感慨深げに呟くザンザスに、素直に頷いてしまう。そんなオレに、ザンザスはゆっくりと指を伸ばして。目尻から頬にかけて、そっと撫でられる。拒否感も何もなかった。ただ、その体温がひどく心地良い。
「おめでとう、綱吉……早く、会いに来い」
どうしてあのザンザスが、こんなに優しい表情でオレを見るんだろう。
どうしてこんなにも、この人の声が、温度が、心地良い?
知らないはずの未来なのに、確信にも似た感覚に心がざわめく。
頬を撫でるザンザスの手に、自分の手を重ねた。骨張ったその感触を、手放したくないと思った、その時。
ふ、と。
覚えのある浮遊感に襲われる。
それに目眩を感じながら、最後に目にしたザンザスの顔は、ひどく柔らかな笑みだった。
煙が消えたそこは、よく見慣れた自分の部屋。散らかったその部屋の床で、泣き疲れたらしいランボが指をくわえて眠っている。
「もどっ……た……」
「無事に帰れて良かったな、ツナ」
飄々とした声に振り向けば、寝間着に着替えたリボーンが突っ立っている。
「無事にって、元はと言えばおまえがなあ!」
「いいじゃねーか。ガキが良い思いしてきたんだろーが」
「……何、知ってんだよ」
何もかもわかっているような口振りにオレが問いかけると、小さな赤ん坊は肩をすくめてみせた。ム、ムカつく……!
「あっ!そうだ、リボーン!さっきまで、十年後のオレ……ここに、いたのか……?」
理屈から言えばそうなんだろうけど、信じられるような、信じられないような。だって、十年後の自分だよ?想像もできない。
「さーな」
そんなオレの問いかけにも、肩をすくめてはぐらかすだけだ。そのままハンモックによじ登り、ちらりとオレに視線を寄越す。
「さっさと寝ろ、明日も早えーぞ」
それだけ言うと、一瞬にして寝息を立て始めた。いつもの事だけど、ほんとに早いよ。寝付き良過ぎだろ。
ランボとリボーンの寝息を聞きながら時計を見れば、ちょうど零時を迎えたところ。オレの十五歳の誕生日は、ちょうど終わりを迎えた。
楽しかったパーティーの記憶も、嬉しかったみんなの言葉も、どこか遠くて。
今のオレの頭を占めてるのは、さっきザンザスに贈られた、額へのキスばかりだ。
あの瞳、あの香り、あの体温。
そして、あの言葉。
そんなものばかりが頭の中をグルグルと駆け巡ってる。
『早く、会いに来い』
ザンザスに、会いたい。もちろん、まだあんな風に穏やかな彼じゃないのはわかってる。
けど、でも。
十年後の未来には、あんな風に一緒にいられるのかもしれないって、そう、気付いたから。……あの体温が心地良いって、思っちゃったから。
きっとそれを思い知る為に、オレはザンザスに会いに行くんだろう。
そして、確かめるんだ。
恋に落ちる、その瞬間を。
十五歳の誕生日、最後にもらったプレゼントは。運命の恋に気付く為の、小さくて優しいきっかけだった。
20081031 了
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