二十年後綱吉×二十年後ザンザス


TRIBUTO





「やーっと来られたよー、もう!」
 つかれた、と甘えた声で訴えれば、十も年上の恋人はゆるりと瞳をゆるめて笑う。
 すっかりくつろぎ、革張りのソファに腰掛けて長い脚を投げ出している彼は、それでも酒を飲まずに綱吉の到着を待っていてくれたらしい。ザンザスの前にあるのは、エスプレッソ用の小さなカップとペーパーバックだ。最近気に入りの古い推理小説の続きを、待っている間に読んでいたらしい。そんな俗っぽいのも読むんだ、などとからかう声音で言ったらば、これはむしろ古典に近いんじゃねえのかと真顔で返されたのが、まだ記憶に新しい。
「こっちこそ待ちくたびれたぞ。……間に合って良かったな」
「待たせてごめん。会合が結局長引いて」
「いいからシャワー使って来い。日付が変わるまでにはまだ間がある」
「そうする」
 待ってて、という囁きと共にザンザスの頬にくちづけを落とし、綱吉はジャケットを放り出して浴室へと向かった。




 今年の誕生日こそはパーティーではなく、二人きりで迎えたいと、そう言い出したのは綱吉だった。大勢に祝われ大騒ぎするパーティーもいいが、普段から毎日がパーティーのような大騒動なのだ。たまの誕生日くらい、そう、数年に一度でもいいから二人きりで静かに祝いたいのだと切々と訴えられ。騒がしいよりは静かな方を好むザンザスも、たまにはそれも良いかと、重々しく頷いたのだった。
 だからと言って、ただ『二人で過ごしたいです』と言って通用するわけもない。大ボンゴレの当代ドンと、先代ドンの一人息子の誕生日だ。しかもその二人の誕生日が近いとあっては、騒ぐには絶好の……いや、祝うのは盛大に、が毎年の習慣なのだから。
 渋る獄寺を拝み倒し、外国への出張という架空の仕事を作らせて。今年の誕生日はあいにくと仕事で潰されて無理という体裁を整えたのだ。パーティーは勝手にやってくれていいから!と言った綱吉に、主役がいらっしゃらないのでは何の意味もありませんと仏頂面で告げた獄寺は、それでも忠実に仕事をこなし、綱吉の為にその日のスケジュールを空けてくれたのだった。
 おかげで、ザンザスと二人きりで誕生日を祝える事になったわけなのだ。
 本当の行き先は外国ではなく、イタリア国内。ボンゴレ所有の小さな別荘だ。何代目かの当主が、やはり息抜きに利用していたらしい、小さいながらも趣のある山間の古い邸宅。
 先に仕事を終えたザンザスは、綱吉よりも一足早く、ここでくつろいでいたわけなのだ。
「……たまには、こういうのも悪くねぇな」
 シャワーを浴びてすっきりとした顔で戻って来た綱吉に、相変わらずソファに沈み込んだ姿勢でザンザスが告げる。二人きりで別荘で過ごすという計画は、存外にザンザスのお気に召したようだ。面倒がられるかと思っていた綱吉は、その言葉にひどく嬉しげに笑った。獄寺に無理を言った甲斐があるというものだ。
 シャンパンクーラーで適温に冷やされたボトルを取り上げ、慣れた仕草で綱吉がそのコルクを抜いた。繊細なフルートグラスに注げば、十年の歳月をかけて熟成された淡く透明な黄金色をした液体が、柔らかに泡を弾けさせていく。グラスの中を軽やかに立ちのぼっていく泡を眺めつつ、片方のグラスを、ゆったりとソファに腰掛けているザンザスに手渡して。その隣へと自らも腰をおろし、グラスを軽く掲げてみせる。
「数分後に迫った、おまえの誕生日に」
「その為にこんなクマ作るほどの無理しやがったどアホウに」
 乾杯、と囁き、互いに笑み崩れる。
 『幻の』と言われる極上のシャンパーニュは、深く芳醇な香りときめ細かな泡が心地良く、滑らかにするすると喉を滑り落ちていく。その香りと味わいに機嫌良さげに目を細めるザンザスを見つめ、綱吉はうっとりと蕩けた笑みを浮かべた。

 ――ああ、綺麗だなあ……

 何年経っても見飽きる事など考えもつかぬ恋人の端正な面差しに、綱吉は感嘆せずにいられない。
 出会ってから流れた歳月は、二十年。
 こうして傍らにいられるようになってからでも、十数年。
 年齢を重ねていくザンザスの容貌は、衰えるどころかますますその艶を増していくばかりだ。目元のかすかなしわも、唇の端に刻まれ始めた翳りも、ザンザスの徒な容姿に色を添えているに過ぎない。若い頃の苛烈さが潜み、落ち着いて穏やかになった分、彼本来の魅力は誰の目も釘付けにせんばかり。ある意味、男として理想的な年の重ね方をしているのだ、ザンザスは。
 指先まで優雅なザンザスの、その左の薬指にはシンプルなプラチナの指輪が光を弾いている。戦闘に使うものではないそれは、綱吉の指にも同じように輝いていて。すっかり指に馴染み、身体の一部のように感じられる。
 十年前、ミルフィオーレとの抗争から生還した綱吉がザンザスに贈り、交換したものだ。
 一度は命を落としたとさえされている、あの闘い。
 ファミリーを、そして愛する者達を守る為に闘い、けれどそのさなかに心を占めていたのは、ザンザスをひとり残して行く事になるという、その事実だけだった。決してひとりにしない、傍にいさせてくれと、かつてそう懇願し誓ったのは綱吉だったというのに。
 だから生還した後に、指輪を贈ったのだ。女じゃねぇんだ、下らねぇと一蹴されても、決して諦めずに。指輪という形をとって、オレの気持ちをおまえに持っていて欲しいんだ、と。そして、綱吉にとってはお守りの意味にも変えて。
 互いの心を、プラチナの指輪の形にして、身に着ける。
 例え離れても、心は常に傍らにいられるように。
 そう、願って。
「……ザンザス」
「何だ」
「この指輪にかけて、オレの魂はおまえただひとりのものだよ」
 左手をとって、そこに恭しく口吻ける綱吉に、ザンザスはゆるやかに笑んでみせる。
「知っている」
 口吻けた手を頬に当て愛おしげに見つめて来る綱吉に、厚く柔らかな唇をかすかに動かし、男は囁きを落とす。この距離でなければ耳に届かない、ほとんど吐息だけの声で。

「てめぇは、オレひとりのもんだ」

 綱吉の頬に触れている手を動かしてゆっくりとそこを撫で、滑らせた指先で唇をなぞって。伏せた瞳で、顔を寄せる。
 軽く触れ合う唇。
 零時を告げる、時計の音。
 綱吉はそっと薄目を開き、焦点が合わないほど近くにあるザンザスの瞳に囁く。
「お誕生日おめでとう、ザンザス」
 そして、鼻先を擦り合わせ。
「……またこの日を、おまえと一緒に祝えた」
 よかった、と囁いて。もうひとつ、くちづけを落とす。
「何度だって祝うに決まってんだろ……?」
「ん」
 ……そうだね、そうだよね。
 噛み締めるようにそう繰り返し、額を合わせて指を絡める。
 絡め合わせた互いの指には、輝く一対の指輪。
 そう。例え死がふたりを分かつとも。
 魂だけは共に、傍らに。
 そう誓い合ったのだから。何度でも、この日を共に祝うのだ。どれほど命が危険に晒されようと、帰る場所は互いの腕の中なのだと、知っている。
 出会って、二十年。そしてこれから先も、共に歩んで行くのだろう。他の誰でも代わりになどなれない、大切な存在と。
 そんな互いの存在に出会えた事こそが、互いにとって何よりも大切な……人生で最高の、贈り物だったのだから。



20081010 了






二十年後のふたりが、穏やかに誕生日を祝えますように。
同盟、50人突破おめでとうございました!!



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