馬鹿の言い分





 つまり、俺って奴は相当な馬鹿なんだと思う。
 誰かに言われる前に先に自分で言っちゃうけどさ。
 バカなんだよ、バカ。


 
 部活に一緒に行く為に、進の方へと歩きながら、俺は憂鬱な気持を払い除けられずにいた。
 今日という日は、例のバレンタインっていう面白くもなければおかしくもない行事が行われる日で、俺は正直な話、こんな日はさっさと無くなっちゃえばいいのにと思ってる。
 昔はそうでもなかったよ。小学生の頃とかさ。クラスで一番可愛い女の子が、必ず俺にチョコくれたりとかね。こっちもはにかみながら受け取っちゃったりしていたんだけどね。
 今はトラック何台分のチョコレートが事務所に山のように届いたりする訳で、そうなるともう嬉しくも何ともないわけ。だって、そうでしょ?顔も知らない女の子達から送られるチョコレートに、申し訳ないけど嬉しいとかときめいたりとか、感じられないって。人気のバロメーターだって分かってるけど。でもやっぱり、本当に欲しいのは、好きな相手からの心のこもったチョコだと思うんだよね。好きな人からもらうなら、例え駄菓子のチョコ一個だって、なんか嬉しくて仕方ないもん。どーでもいい子から、一万五千円とかの限定品のチョコもらうよかずっと嬉しい。幸せ。そういうもんでしょ?
 まあ、俺の場合は好きな人からチョコもらえる訳ないんだけどね。
 ははは。
「さてと、進。お待たせ〜」
「遅いぞ、桜庭」
「ごめんごめん。さっきもそこで捕まっちゃってさ」
「仕方ないな」
 文句を言いながらも、ちゃんと待っててくれたんだ。
 そこが好き。ほんっと、好き。
 にやけそうになる顔を引き締めて、俺は進の顔を見下ろした。十センチくらい俺より下にある、厳しくて整った顔。高い頬骨と削げた頬の肉が、進の顔立ちをより一層研ぎ澄ましている。
 いい顔だよなあ。
 俺、自分の顔が甘ったるい感じだから、本当に進の顔がうらやましいんだよね。まあ俺の取り柄なんて、この甘くて可愛げな顔と無駄にでかい背くらいだから、贅沢は言えないけど。これでお金を稼いでる訳だしね。
「珍しいな、今日は」
「うん、仕事が午前中の雑誌取材だけだったんだー。今日はちゃんと部活出れる!って嬉しくって」
 満面の笑みを浮かべれば、進もほんの少しだけ笑ってくれる。唇の端を上げるだけの、でも、進らしい、進だからこそできる、笑顔。
 横に並ぶ進の荷物が、妙に大きい。いや、大きいんじゃない。いつも必要な物しか持ってないのに、他に紙袋がひとつ下がってるんだ。
 ……そうですね、バレンタインですからね。
 憂鬱の原因は、何も俺を追い掛け回す女の子達だけじゃない。
 進の手に積まれるチョコレートも、俺をなんだか落ち込ませる。
 気付かれないように上から紙袋の中を覗き込む。……去年よりか、数が増えてるね。
 そりゃそうだよ。
 進は本当にかっこいいんだから。
 いつも仏頂面だし、とっつきにくいし、アメフト以外の事にはてんで興味なんかないから、女の子達は遠巻きにしてるだけだけどさ。でも、そんなわかりやすい部分じゃなくて、進の良さをわかる女の子はちゃんといるって事だ。
 そして、きっとこれからどんどん増えていくんだろう。
 去年よりも数の増えたチョコみたいに。
 来年、再来年。そしてその先も。
「進、モテモテ」
「……何?」
「チョコ。いっぱいもらってるねー」
「お前ほどではないだろう」
「えー、でも、俺のはホラ、仕事柄っていうのもあるしさ」
 ほんと。キャーキャー言いながら俺にチョコをくれる女の子達のこれと、進に渡されたチョコの重みは、多分かなり違うと思う。
 俺に渡された(そして今頃事務所に積み上げられている)チョコは、ふわふわした柔らかい感情でコーティングされてるんだ。
 だけど、進の紙袋に入ってるチョコ達は、熱くてまっすぐな感情でラッピングされてる。きっと、本気の度合いが全然違う。
 悔しい。
 誰に対して?
 もう、わかんないよそんなの。俺バカだからさ。

「桜庭くーん、これ、もらって!」
「私も私も!もらってー」
「あの、進くん、これ、もらって下さい」
「いっつも応援してます!」

 ほっぺたを真っ赤にした女の子達が群がって来て、俺達の手にチョコの箱を押し付けて去って行った。まったく、いつになったら部室棟にたどり着けるんだ?それにいちいち笑顔振りまいて対応してる俺も俺だね。自分に渡されたチョコより、進に手渡されたその箱の方が気になる癖に。
 何やってんだろう、俺。
 腹立たしいのは何故なんだろう。今にも女々しい事を言い出しそうな自分が嫌だよ。
 ああもう、進!
 紙袋がぱんぱんだ。あの子達、やっぱり何もわかってないよ。進がチョコなんか食べると本気で思ってんのかな。進はねえ、必要な時に必要なだけの栄養を摂取する生活なんだってば!こんな、脂肪と糖分の固まりなんか口にする訳ないでしょ!何でこんなもん受け取るんだよ、進。
 自分でも、何だか支離滅裂な事を考えてるのはわかってる。だって仕方ないじゃないか。嫌なんだから。
 進の紙袋をひっくり返して、入ってるチョコの送り主の名前とクラスを全部調べ上げ、そいつら全員に片っ端から叩き返してやりたいよ。ふざけんなバーカとか言いながら。うわあ、イメージダウンこの上ない。やれる訳ない。でもやりたい。
「どうかしたのか?」
「えっ?」
「さっきからずいぶんと静かだな。疲れているのか?」
 少しだけ気遣わしげな進の顔が、俺の事を覗き込んでる。うん、疲れた。自分があんまり馬鹿で疲れた。進がチョコもらうから疲れた。……疲れたから、馬鹿な事ばっかり考える。
 廊下の人通りが少しだけ途絶える。
 今日は学校中なんだか浮き足立ってて、おかしな感じだ。お祭りだもん、仕方ないのかな。
「……ねえ、進」
「何だ?」
「俺達、付き合ってんだよね?」
「……俺はそのつもりだが」
 うわあ!
 あんまり嬉しくて、叫びそうになっちゃったよ。進の顔が少しだけ赤い。うわあ、可愛すぎる。どうしよう。でも、ダメ。俺、ワガママ言いたいんだ。
「じゃあさ、チョコもらわないでよ」
「……お前もずいぶん沢山もらっているだろう?」
「俺のは、仕事だもん。仕方ないじゃん。でも進は違うでしょ?」
 理不尽な事言ってるのはわかってる。しかも馬鹿みたいだ。女々しすぎる。
 ねえ、進。叱って。
 寝言を垂れるなって、怒ってよ。
「俺がチョコレートをもらうのが、嫌なのか?」
「やだ」
 即答。
「わかった」
「……へ?」
「すまなかった、桜庭。嫌な思いをさせたな。……俺は今まで誰かと交際した経験がないから、よくわからないんだ」
 え、嘘。何?
「今までもらったチョコレートも、返して来た方がいいのか?だが、彼女達が選んで渡してくれたものを、粗末に扱いたくないんだが」
 何でそんな事言ってくれんの?
「怒らないの?進」
「何故、俺が怒る?お前を不快にさせたのは俺の方だろう。一番に考えるべきお前の気持をおろそかにした、俺が悪い。すまなかった」
 言葉も出ないよ。
 何で、そんな真直ぐに俺の事見るの?どこもかしこも中途半端な自分が恥ずかしくて仕方なくなるのは、こういう時だ。進の視線にさらされる時が一番、俺には辛い。最高に幸せで、最高に不幸。
 進はいつだって真直ぐで、自分にとって一番必要なものだとか大事なものを、迷う事なく選び取る。
 あれもこれもなんて、絶対にしないんだ。
「進」
 ごめん、と謝ろうと思った瞬間。
 後ろから遠慮がちな声がかかった。
「あの……進くん。ちょっといい?」
 振り向けば、お約束のように頬を染めて緊張した面持ちの、可愛い女の子。ああ、ダメだってば。今は邪魔しないでくれよ。頼むから!
「ああ。桜庭、少し待っててくれ」
「うん」
 進、どうする気なんだろう。急に俺は不安になってきた。もらわないって言ったからには、進は絶対にもらって来ないだろう。でも、進はいつも人の気持をすごく大事にする奴なのに、俺はそんな事させていいんだろうか?
 なるべく見ないようにしている視界の端っこで、女の子が進に何かを差し出してる。背が低めの、清潔感あふれる感じの子。ああ、そう言えば隣のクラスで可愛いって評判の子だ。肩先までの髪の毛が柔らかく揺れてる。進が首を振って、何か彼女に答えてる。あ、彼女がうつむいちゃったよ。
 ……何、やってんの。俺。
 理不尽な要求を進に突き付けて、それをあっさり承諾してもらって。
 俺って何?
 進に甘えてるだけじゃん。
 甘ったれて擦り寄って、進の優しさに付け込んで。
「待たせたな、桜庭」
「進、あの……」
「ちゃんと、もらわずに断ったぞ」
「いや、あのさ……」
 ああもう、俺、本当にかっこ悪い。
 最悪だ。
 ヤキモチ焼くなら、もっと他のとこに妬けよ。
「ごめん、進」
「おい、桜庭!」
 うつむいてこっちを見送ってた女の子のところに、走って戻る。進がびっくりした顔してたけど、もういい。だって俺、本当にかっこ悪いんだもん。こんなんじゃダメでしょ。
「ねえ、君」
「さっ桜庭くんっ」
 声がひっくり返っちゃってる。あーあ、泣きそうな顔してるね。俺のせいです。ごめんね。
「進に、チョコあげようとしたんでしょう?」
「え、うん。あ、違うの。あの、チョコじゃなくて……進くんのトレーニングに役に立つかと思って……プロテインバーだったんだけど……」
「えーと、進は何て?」
「つ、付き合ってる人がいるから……受け取れないって……」
 ああ、もう!
 こんな時なのに、嬉しくて泣きそう。俺、本当に最低だね。
 でも幸せ。
「あー、進の奴そんな事言ったの?ウソウソ。あいつさ、俺と違って不器用だから、今はアメフト以外の事考えられないみたいなんだよねー。でも、プロテインバーだったら喜んで受け取ると思うよ?俺が預かって、あいつに渡すんじゃダメ?」
 彼女はびっくりした顔で俺を見つめてる。そりゃびっくりだよね。アイドル桜庭がいきなりやって来て、バレンタインのプレゼントを代わりに渡します、だもんね。ああ、ほんとに可愛いんだな、この子。きっと進の隣に似合う。チョコじゃなくてプロテインバーを選んだセンスも上等。
 でも、ダメ。
 進の隣は譲ってあげられない。ごめんね。だから、気持ちのこもったプレゼントくらいは渡してあげるよ。
「どう?」
「いいの……?」
「もっちろん。女の子の泣き顔を放っておけないよ〜」
 俺の言葉に、彼女は小さな声でありがとう、と囁いた。白くて細い手が、綺麗にリボンのかかった箱を手渡してくる。そっとそれを受け取って、にっこりと、とっておきの笑顔を返した。
「任せといて!」
 また泣きそうな顔になった彼女を置いて、俺は進のところへ走って戻った。俺を待ってる進が、複雑な表情になってる。
「はい、進。これ」
「……嫌なんじゃなかったのか?」
「嫌だけど、いいんだ。ごめんね、進。変な事言い出して」
 俺を見ていた進の目が少しだけ細まり、かすかに笑んだ。それだけで、すごく優しい顔になる。
 いいんだ。
 他の人にはその笑みを見せないでくれれば。
 俺は馬鹿だけど。何もかも中途半端で、しかも女々しくてかっこ悪いけど。
 進の真直ぐさに、優しさに、強さに。少しでも近付きたいと日々願ってるんだよ。まだまだ全然追い付かないし、どうしようもなくバカで救いようのない俺だけどさ。今日はひとつだけ、ほんの少しだけ、前に進んだと自分では思うよ。
 どう?進。
「ならば、これはもらっておこう」
「うん。それ、中身プロテインバーだって。練習の合間に食べれるね」
「そうか。いいものをもらった」
「ねー」
「……桜庭」
 名を呼ばれ、ふと顔を向ければ進が歩きながらちらりとこちらを見た。
「今日の帰りは、お前はヒマか?」
「うん。今日はもう仕事ないし。ヒマ。すっごくヒマ!」
「ならば、たまにはどこかに寄って帰ろう」
「マジ?!」
「ああ、本当だ。部活が終わるまでに、寄りたいところを考えておけ」
 どうしよう、どうしよう!
 なんかもう幸せ過ぎて泣けてきそうだ。進、俺の事、あんまり甘やかさないでくれよ。
 学校のカバンをその辺に放り出しそうな勢いで、俺は嬉しさのあまり部室棟へと走り出した。進も溜息をつきながらその横を走ってくれる。遅刻ギリギリでアメフト部の部室へと滑り込んだ俺達は、すごい笑顔の大田原さんにもらったチョコの自慢をしまくられる羽目になったんだけど、それはまた別のお話だ。




まだ桜庭がヘタレだった頃に書いた話だな…。



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