兎×虎。13話視聴後荒ぶるままに書いたもの。シティで無料配布でした。


ちゅーのうまいバニーのお話






 バーナビーはキスが上手い。
 薄めで上品なその唇をぼんやりと眺めながらそんな事を考え、虎徹は焼酎をすすった。芋の甘い香りのするこの酒は、男がこの部屋に持ち込んだものだ。少し癖が強いが味わいのある焼酎で、近頃の虎徹の気に入りの酒だった。
 カロン、とグラスの氷が音を立てる。
 唇を冷やすその氷を無意識に舐め、虎徹は年下の相棒の口が濃いピンク色の液体を飲み込むのをじっと見つめた。バーナビーが飲んでいるのは辛口のロゼで、虎徹も幾度か一緒に飲んだ事のある銘柄だ。やたらと良い香りのするワインだと思った事を覚えている。

 ――……今バニーにちゅうしたら、あの味がすんのかぁ……

 それはいいな、となんとはなしに思い、もう一口、グラスの酒をすすった。
 窓辺の段差にだらりと座って飲む酒は、なかなかに美味い。目の前にとびきり綺麗で可愛くて……可愛くない、できたての恋人がいるのだから尚更だ。酒のせいばかりではなく、胸の奥がふわふわと心地良い。
 バーナビーのキスが上手いのは、何も舌使いがどうこうという話ではない。そっちの意味ではまだ発展途上だ。
 どうやら虎徹と交わす以前は、挨拶や礼儀の意味合いのキスしかした事がなかったらしい。らしい、というのは虎徹も確認したわけではないからだ。ただ、会話の端々から推測するに、バーナビーにとって虎徹はまさにあらゆる意味で『初めての人』のようなのだ。初めての恋、初めてのキス、それ以上も、もちろん初めて。そして、信頼できる相手という意味でもまた、初めての。

 ――もったいねぇ話だよなぁ……

 モテんのに。のんきにそんな事を考え、虎徹はまたグラスの酒をすする。
 技術的な問題でなく、バーナビーがするキスはひどく心地良いのだ。触れる唇の感触、温度。吐息までもが心地良く虎徹を撫でる。
 あなたが大切なんです。大好きなんです。ずっとそう囁かれているような、甘い、甘い気分になるキスだ。こそばゆくてたまらないが、同時に幸せでたまらなくもなる。
 バーナビーのような男があんなキスをできるというのは、とんでもない武器だと虎徹は思う。この綺麗な顔で、あの優しげな物腰で、こんな風に『あなたを想っていますよ』と囁き続けるような、そんなキスを。

 ――女の子がされたらイチコロだよなぁ

 もったいない、とまた虎徹は思ってしまう。本来可愛い女の子に活用すべきそんなキスを、バーナビーは全力でこのおじさんに活用している。もったいないよなぁ、もう一度心の中で考えて、虎徹はグラスの残りを飲み干した。
 今まで黙っていたバーナビーが、そこでようやく口を開いた。
「……何なんです、さっきから」
「へ?」
「人の顔じろじろ見て。なに、物欲しそうな顔してるんです?」
「……へ?」
 物欲しそう、と言われて我に返るが、確かに物欲しげな顔になっていたかもしれない。ずっと、バーナビーのキスの事ばかり考えていた。
「いやぁ……バニーちゃん男前だなって」
「………………何企んでるんですか」
「普通に褒めてんでしょ!疑り深い子だねおまえも。いや、バニーのキスって気持ち良いよなーって思い出してたんだよ」
「……っ、何なんですか、不意打ちで!」
「え、何でキレてんだ……」
 切れているのではなく照れているのだが、そこはそれ、鏑木虎徹は変なところの鈍さには定評がある。赤くなった顔を隠すように、バーナビーが虎徹の手から空になったグラスを取り上げた。大きめの氷を一個入れて焼酎を注ぐ。
「おまえにあんなちゅうされたら、どんな女の子もメロメロになるだろうなぁ」
 絶対そーだろ。感慨深げに呟く虎徹に、一瞬虚を突かれた顔をして。次いでバーナビーは、柔らかく笑み崩れた。それこそ、花が開くように、だ。
 今度は虎徹が呆気にとられ、その綺麗な笑顔を見つめ返す。自分が何かおかしな事を言ったのかと考えてみるが、さっぱり理由がわからない。
「……つまり虎徹さんは、僕にキスされてメロメロだという事でしょうか?」
「はあっ!?」
「今ご自分でおっしゃったじゃないですか」
「俺はなぁ!『女の子』って言ったぞ!」
 そんな虎徹の抗議の声もどこ吹く風、バーナビーはひどく幸せそうな顔で微笑んでいる。その無防備な笑みを見てしまっては、抵抗するのも虚しい話で。肩の力を抜いた虎徹は、バーナビーの手から焼酎のグラスをおとなしく受け取った。
「それに」
 まだ話は続いていたらしい。バーナビーの、蕩けそうに甘い声が耳に忍び込んでくる。
「それに、まず前提が大間違いです。……僕があなた以外の人にこんな風にキスするなんて事、あり得ませんから」
 囁きながら、耳元に、首筋に、頬に、小さなキスをいくつも落として。最後にゆっくりと、柔らかに唇を啄んだ。
「……だからあなたも、もっと僕に夢中になって下さいね」
 その言葉に、虎徹は幸せそうな笑みをこっそりと浮かべた。とっくのとうに夢中だと、言ったならばどんな顔をするだろうかと考えながら。



20116026 了








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