注:ギャグです。スクザン。


Buono?




「今夜の夕食は、何がいいかしらねぇ……」
 ルッスーリアが、頬に手を当ててぽつりと呟く。
「ね、マーモン。何が食べたい?」
「何でも構わないよボクは。自腹じゃなければね」
「王子はねー、中華がいい中華!」
 聞かれてもいないベルフェゴールがそう手を挙げるのを物憂く見やり、ルッスーリアはそうねぇ……と小首を傾げた。
「中華ねえ……しばらく行ってないものね。いいわ、ボスに聞いてみましょ」
 ヴァリアーの幹部達は、一日に一回は大抵一緒に食事をとる。仕事の入っていない者達だけなので、三人ほどの時もあれば稀にだが全員揃う事もある。どこかへ食事に出る事もあれば、屋敷内の厨房で作られたものを食べる事も。効率が良いから食事兼ミーティング、というのは表向きの理由で。本当のところ、この習慣は彼らのボスが長い眠りから目覚めてからできあがったものだ。
 『ゆりかご』と長い冷凍睡眠によって疲れ果てたザンザスの身体は、きちんとした食事と睡眠を必要としている。だと言うのに、目覚めてからの彼の生活はまったくもって滅茶苦茶だ。仕事に没頭していれば、食事でとるべきカロリーを全て酒で補って、全く食事をとらずに過ごす事すらある。そんな彼に無理なく食事をとらせる為の手段としてルッスーリアが考え出したのが、この『お食事ミーティング』なのだった。
 今のところ、これはそれなりに効果を出していると言えた。何しろ、最低でも一日の内一回は、ザンザスにまともなものを食べさせる事に成功しているのだから。
 そして。
 誰も口に出しはしないが、ザンザスにとって失われた八年間に、本来なら楽しめるはずだった様々な料理を、今更ではあるが楽しませたいと。庶民的なものから、最高級の料理まで。世界中のあらゆる料理を食べさせてあげたい、そんな彼らの思いもまた、あったのだった。
「ボス?」
 執務室のドアを軽やかにノックし、ルッスーリアが声をかける。
「入れ」
 低いその返事を聞いてから、室内へと入室を果たす。この順序を間違えると、どこかの誰かのように痛い目を見る羽目になるのだ。
 部屋の中へ入れば、執務机の前には、既に痛い目を見たらしきその『どこかの誰か』の姿。普通にしていれば随分と整っているその顔は、口元にできた新しい傷のせいで歪んでいた。それを横目に見つつ、ルッスーリアはザンザスに微笑みかける。
「ボス、今日の夕食なんですけれど」
「あ?」
「中華はどうかしら?しばらく食べていないでしょう?」
「構わねぇ」
 ちらりと視線を上げてそう言い放ち、ザンザスは側に控える男に、手にした紙切れを放り投げた。
「スペルミスが五カ所。読む気にならねぇ」
「う"お"ぉ"ぉぉい!待ってくれぇボス!書き直す!」
「うるせぇカス」
 半ベソをかいてとりすがるスクアーロを足蹴にし、ザンザスはさっさと部屋を出てしまう。後に残された、見目だけは無駄に良い銀髪の男を見下ろして、ルッスーリアは。
「……スクアーロ。泣いてないで、ご飯食べに行きましょ」
 ひどく優しく微笑んだのだった。床に打ち捨てられた紙切れが、報告書ではなく恋文であるのを見てしまったが故に。





 異様な雰囲気のその集団が着席したのは、とある高級中華料理店の個室だ。広々としたその部屋は、この国の中華料理店にしては内装もケバケバしくなく、程よく品が良い。運ばれて来る料理もなかなかのもので、一同は機嫌良く舌鼓を打っていた。燕の巣のスープを飲み干し、フカヒレの姿煮へと箸を付けるザンザスに、ルッスーリアが水を向ける。
「ボス、いかが?」
「悪くねぇ」
「良かったわぁ〜、お口に合って!ね、ここ、紹興酒も美味しいでしょう、ボス?」
 きゃっきゃと喜ぶルッスーリアの言葉にこくりと頷き、ザンザスは小さなグラスに口を付けた。赤みの強い褐色の液体が、とろりとザンザスの唇に流れ込んでいく。えも言われぬ酸味と甘味の混ざり合う異国の酒は存外彼の口に合うらしく、ザンザスは先ほどからおとなしく杯を重ねていた。
「うふふ、このお店見つけて良かったわぁ」
「ししし、けっこーいいじゃん。王子の口にも合うよ」
「あらベルちゃん、料理の味なんてわかるの?」
「王族の舌バカにしてんの?つか、オカマこそいつ来たワケ、こんな店」
「やぁだぁ!ヤボな事聞かないで!デェトに決まってるでしょ!」
 ……デート。
 じゃあ相手の男は今頃もう死んでんな、と一同心の中でその相手に同情する。ネクロフィリアとの恋は、いつだって困難な道のりだ。
「……ちょっとあんた達、何黙ってんのよ。まだよまだ!今はその過程を楽しんでるのよ!」
「アクシュミー。スパっとやっちゃえばいいのに」
「私はあなたみたいなせっかちなガキじゃないのよ。大人の楽しみ方ってものを覚えなさい、ボウヤ」
「どっちもどっちだと思うけれどね」
 赤ん坊の冷静な一言が、切り裂き王子とネクロフィリアの不毛な言い争いに終止符を打つ。ルッスーリアは肩をすくめ、紹興酒のグラスに手を伸ばした。円卓に置かれた小瓶から、ザラメをとってグラスへと移す。
「太っちゃうから少しだけね。でもコレ、美味しいのよねぇ」
「……何だ、それは」
 興味を引かれたのか、ザンザスがルッスーリアの手元をじっと見つめている。幼い子供のようなその様子に頬を緩め、ルッスーリアは小瓶を軽く振ってみせた。ジャラリ、と中の固まりが乾いた音を立てる。
「ザラメ。これを入れて飲むのもなかなかよ、ボス」
「入れろ」
「オ、オレが!」
「いや、オレがやるぞぉボス!」
 我先にとザラメの小瓶に手を伸ばしたレヴィとスクアーロを嫌そうに眺め、ザンザスはルッスーリアに顎をしゃくる。
「ルッスーリア」
「Si」
 澄ました顔でルッスーリアは小瓶を取り上げ、円卓に乗せられたザンザスのグラスにカラカラとザラメを混ぜ込んだのだった。心底羨ましそうな妬ましそうな二人の男を綺麗に無視し、ルッスーリアは己のボスへと顔を向ける。
「いかが?」
「これはこれで、悪くねぇ」
 甘みの加わった酒は、先ほどまでとはまた口当たりが異なり。とろりと甘くなったその味わいが気に入ったのか、ザンザスはザラメの小瓶を己の手元に引き寄せ、すっかりマイザラメの態勢になっていた。
「あら、お気に入り?」
 片手を頬に当て、ルッスーリアは嬉しげに小首を傾げた。ザンザスはと言えば、優雅な箸使いでフカヒレの姿煮を口に運び、黙々と酒を飲んでいる。
「ボス……箸使いもお美しいです……」
 その姿をうっとりと見つめるレヴィが口の中で呟くのを、全員が全員、いつもの事として綺麗に受け流す。この男がザンザスを褒めたり見蕩れたりするのは、呼吸をしたり食事をするのと変わらない。日常茶飯事だ。いちいち取り合う意味もない。
 鮑となまこの壷煮やら、伊勢エビのスープ炒めやら、鶏の蓮の葉包みやら。いかにも高級中華です!と全身で表しているような品々が、次々と円卓に現れては各々の胃袋へと消えていく。ザンザスの機嫌もそれなりに良いようで、今日のところはグラスがひとつ、スクアーロの頭を直撃して割れた程度だ。被害というほどの事もない。髪に絡まったガラス片を取り除きつつも、スクアーロはせっせと食事を続けている。ザラメ入りの紹興酒のせいで髪はベタついていたが、気にしない事に決めたらしい。むしろ、ザンザスが口を付けた酒をかぶって密かに喜んでいるフシがある。真性の変態か。
 そんな時。
 本日の主役とも言える料理が給仕の手で運ばれてきた。
 丸々としたアヒルの姿。
 ツヤツヤと輝く皮は、パリッとしつつも汁気を含んでいるだろう事は想像に難くない。食欲をそそる匂いと見た目に、ルッスーリアとベルフェゴールが歓声をあげた。
 給仕が傍らでそれを薄切りにし、マントウと共に小皿へと乗せていく。その皿がそれぞれの前へサーブされ、給仕が部屋から下がると。
「う"おいベル、そんなに好きならこれやるぞぉ」
「はぁ?庶民の分際で何言っちゃってんの?」
「ちょっと!それなら私にちょうだいよ!」
「これトリの皮だろぉ。トリの皮は嫌ぇだぁ」

「……あ?」

 それまで黙っていたザンザスが。
 ゆらりと怒りを立ちのぼらせつつ、地を這うような低い声を出す。己を睨めつけるその視線にひるみつつ、スクアーロは言葉を続けた。
「トリの皮のブツブツ、ダメなんだよぉオレ」
「てめぇ。好き嫌いする気かカス」
「だってブツブツだろぉぉ」
「てめぇのブツブツのサメ肌よかマシだ」
「う"お"ぉぉぉい!!!」
 椅子にふんぞり返って斜め上から冷たく見下ろすザンザスに、スクアーロは大慌てで抗議する。
 このオレの!
 玉のお肌が!
 ブツブツなんてっ!
「う"おぉい……オ、オレの肌はブツブツザラザラなんてしていねぇぞぉ。ほらボス!触っても気持ち悪くねぇぞぉ!」
 隊服のコートを脱ぎ始めたスクアーロに、再びザンザスのグラスが飛ぶ。
「う"お"ぉぉい!!」
「北京ダックも喰えねぇから、てめぇはいつまで経ってもカスなんだ」
「何だそのリクツはぁ?!」
 割れて髪に絡み付く破片を必死で取り除きながら、スクアーロが言い募っていると。

「……ねえ、ボス酔ってない?」
「知らね。ししし」
「酔ってるだろうね。相当飲んでいるよ」
「ボス……ボスの召し上がったグラス……」
「やだ!何本飲んでるのよぉボスったら!」
 気付けば紹興酒の入れられていたデカンタが、何本も空になっている。一人で飲んだわけではないとは言え、給仕が下げた分も合わせれば、相当な本数になるだろう。途中で酒の飲み口が変わり、常よりも多い酒量になってしまったのではあるが。

「ちょっとぉ!ボスの眼、据わってるじゃないのぉ!」
「知るかぁ!ボスさんの眼はいつでも据わってるだろ……う"ぉ?!」
 その、眼の据わったザンザスが。
 箸に北京ダックを挟んでスクアーロへと向けている。
 一同は凍り付いてしまって、誰一人動けない。

 まさか、これは。
 いわゆる『あ〜ん』なのか?と。

 固唾を飲む部下達の視線を気にも留めずに、ザンザスがゆっくりと厚めの唇を動かす。

「スクアーロ」

 普段めったに呼ばないその名で呼ばれ、スクアーロは呪縛から解かれたように、そろりと動く。かすかに唇を開き、箸に挟まれた北京ダックへと近付いて行く。もはや彼の眼には、自分に手ずから北京ダックを食べさせようとしている男の紅い瞳しか映っていない。

 あのボスが。
 あの、ザンザスが。

 全員が固唾を飲んで見守る中、ゆっくりと口を開いて、スクアーロが北京ダックに辿り着こうとした時。
 ガッ!という音がしそうな勢いで、ザンザスの左手がスクアーロの頭をつかむ。そのまま、右手の箸に挟まれた北京ダックはスクアーロの鼻の穴へと突っ込まれた。
「う"お"ぉぉぉぉい!何やっ……」
 更に反対の鼻の穴にも北京ダックが突き刺さる。
「そこ口じゃ……痛いいたいいたいボス」
 あくまでも優雅で器用な箸使いで、ツヤツヤと輝く北京ダックはスクアーロの鼻に詰められていく。そんな時まで美しい箸使いじゃなくていいよボス、と部下達が思っているのにはお構いなしだ。
「わー先輩うらやましーボスに食べさせてもらってるー」
「さすがNo,2だね」
 ニヤニヤしながら棒読みの王子と、いつでも平静の赤ん坊。既にこの余興を楽しみつつ、美味なる北京ダックに舌鼓を打っている。
「おら喰えカス」
 据わった眼もそのままに、ザンザスはスクアーロの鼻に北京ダックを詰め込んでいる。拡張された鼻穴は、既に限界突破の様相を呈し始めていた。
「おら」
「……ボ」
「あぁ?」

「ボスの馬鹿ーっ!」

 頭をつかむ左手を払いのけ、スクアーロは席から勢い良く立ち上がる。叫んだはずみで二本ばかり鼻から北京ダックが飛び出したが、無論気にするはずもない。『あ〜ん』への期待が大きかった分、今のスクアーロの心はズタボロだ。
 滝のような涙で頬を濡らしつつ、北京ダックを鼻から飛び出させながら、それでも部屋の戸口でキッ!と振り返り。

「でも、好きーっっ!!」

 部屋から走り去る銀髪の男の、やや乙女走りな後ろ姿を呆然と眺めていた一同だったが。
「ちょ、ボス!ダメ!」
 ザンザスは無言のままに、右手に光を集め始めていた。『ボスの馬鹿』と『でも好き』とキモい乙女走り、どれが逆鱗に触れたのかはわからない。
 全部か、という気もするが。
「ちょ、誰か!ボス殴って気絶させてぇ!」
 悲鳴をあげるのはルッスーリア。
「やだよ。王子とばっちり喰いたくないもん」
「スクアーロ!ボスに謝りなさい!早くっ!スクアーロ!」
「ボス……怒っていらっしゃる姿もお美しい……」
 マーモンは当然のように逃走済みだ。ちゃっかりしている事この上ない。
 ともあれ、一同を巻き込んで。

 ザンザスの憤怒の炎、マジで炸裂五秒前。

「戻ってらっしゃい!スクアーーーーーロ!!!!!」



8/JUN/2007 了



みんな大好き鼻北京。
以前ミスフルで書いた話に使った
「先輩の馬鹿!でも、好きーっ!」というセリフをスクに言わせたくて書いた。
予想以上にキモくなって大満足。いや、スク大好きなんですが。
ギャグなスクは乙女ちゃんでいいかな…と思う。
そしてスクは本当は好き嫌いなどしないと思う。
何でも拾って食べるよ!お腹も壊さないよ!



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