数年後。綱吉告白話。ツナ→ザンです。


DOLORE ACUTO




序章


 鳴り響く銃声。
 渦を巻く硝煙。
 飛び散る血飛沫が、空気を色濃く染め上げる。
 そのただ中で翻る黒衣。
 踊るように優雅に銃を操るその姿が、不意に視界を埋め尽くして。
「伏せろ!」
 爆音とほぼ同時のその叫びは、けれど不思議な程はっきりと綱吉の耳に飛び込んだ。
 黒衣の胸元へと抱え込まれ、二人共に地面へと転がる。
 したたかに打ち付けた背中の痛みに一瞬息が止まり、咳き込みながら薄目を開くと。
 目の前には、常のごとくはだけられた彼の肌と白いシャツ。
「ザン……」
 爆発からかばわれたのだ、と綱吉が理解した瞬間、男の身体がぐらりと傾ぐ。
 覆い被さっていたその身体が力を失って己の上に沈み込むのを、抱き締めるように腕を回すと。
 ぬるり。
 指先に、熱い血の感触。
 違えようのないそれに、綱吉は眼を見開く。
 ……ああ。
 夢にまで見た、貴方との初めての抱擁がこれなんて。
 冗談にしたってタチが悪過ぎる。






第一章


 ザンザスが意識を回復したという連絡が入ったのは、抗争を仕掛けて来たファミリーの掃討作戦が、ヴァリアー及びボンゴレ守護者の手により、速やかに完遂されたのと同じ時だった。穏健派であるドン・ボンゴレ十代目の口からあっさりとした冷酷さで下された命に、ある者は嬉々として、またある者は黙々と従い。愚かな計画を実行したファミリーの親類縁者に至るまで、ことごとく根絶やしにしたのだ。橙に輝く綱吉の瞳があんなにも冷たい熱を宿すのを、長年傍らに仕えて来た獄寺でさえも、目にしたのは初めてだった。
「根絶やしにしろ」
 ただ一言、そう命じ。
 自らも敵地へ乗り込み、炎を宿した両の手で、敵ファミリーの首領の息の根を止めたのだ。終止無表情に、淡々と、感情を露にする事なく。
 他ファミリーにまたもボンゴレの絶大な力を見せつけ、この抗争は幕を引いた。ボンゴレ側の被害はごくわずか。死者はなく、負傷者が数名。
 その数名の内の一人が、ザンザスだった。
 綱吉のボディガードとして同行し、最も近くに付き従っていた彼が、爆風からドンを守ろうとした際に負傷。そのまま、ボンゴレ直営の病院に搬送され、入院という事態になったのだ。
 どこまでも白い病院の廊下を、綱吉は足早に歩いて行く。

 ――――冗談じゃない

 こんな事。
 二度と許さない。
 冗談じゃない。
 常から穏やかさを崩さない綱吉の顔が、強張っている。

 ――――心臓が、止まるかと

 本当に、己の心臓があのまま止まってしまうのではないかと、そう思った。
 自分をかばって倒れたザンザスの身体を抱き締めた、あの時。閉じられたまぶた、力を失った肉体、指先に触れた赤くぬめる血。その全てが、一瞬にして綱吉の身体中を冷やした。次いで襲う、突き上げるような怒り。その場にいた敵ファミリーの人間が最期に目にしたものは、かつて見た事がない程に激しくうねる死ぬ気の炎だったに違いない。
 当然の報いだろ、と綱吉は思う。
 ザンザスに怪我をさせた、その報いだ。奴らの命くらいで購えるなんて、思ってもらっちゃ困る。

 ――――そうだよ。ザンザスに傷なんか付けて。……って、でも今回もまた、原因はオレ、か……

 思って、小さなため息をひとつ。肩を落としたボンゴレ十代目の腕の中には、大輪の深紅の薔薇の花束。見舞いに棘のある花もどうかと思いつつ、花屋で見かけてしまえばこの花を彼に渡す事しか思いつかず。車を止めさせ、こうして買って来たというわけだ。見舞いだからと花を持って来るなんて、どうせザンザスは鼻で笑い飛ばして終わりに決まっている。そうとわかっていても、綱吉自身が贈りたかったのだ。
 ……気の長い、恋をしていた。
 否、『気の長い』というのとは少し違うだろう。報われるはずもない、叶う事など有り得ない、と。最初から諦めきった、虚しい恋心。自覚をしたのは、いつ頃だっただろうか。指折り数え、綱吉はもう癖のようになってしまった自嘲の笑みを浮かべる。
 叶うはずもない、この、想いは。
 ただ綱吉の胸の奥底に、澱のように静かに沈んで。
 苦く苦く、ひどく苦く、けれど消す事も目を背ける事もできぬ確かさで、綱吉を内側から貪っていた。
 ザンザスの為の特別室に近付くにつれ、警備が厳重になっていく。顔パスの綱吉とはいえ、ヴァリアーの隊員達の目付きが胡乱なものになるのに変わりはなかった。当然、ザンザスの病室への最終関門も存在するわけで。
「う"ぉぉい、冗談じゃねぇぞぉ!」
「……何」
「誰のせいでうちのボスさんがケガしたと思ってやがんだぁ!帰れぇ!」
「オレのせいでしょ。だからお見舞いに来たんじゃない」
 幼かったあの日ならば、この男にこんな風に凄まれたら、半ベソになっていたに違いない。けれど今では、綱吉も慣れたものだ。
「早く取り次いでよ、スクアーロ」
「誰が取り次ぐかぁ!」
「あのね。部下がそういう態度だと、ザンザスに迷惑がかかるんだよ。わかってるの?」
 その言葉にぐっと詰まったスクアーロに、綱吉は畳み掛ける。
「判断はボスが下す事だろ。ほら、早く」
「……仕方ねぇなぁ……」
 仕方なしに渋々、といった様子で男が病室の扉を開ける。
「う"ぉいボス……っだぁ!」
 中へと首を突っ込んで声を張り上げたスクアーロの頭に、グラスが見事にヒットする。砕け散ったグラスと透明の液体が、無惨に銀の髪に絡み付き滴り落ちた。液体からアルコールの匂いがしない事に、綱吉が少しだけホッとしていると。
「何すんだぁ!」
「うるせぇよ。汚ぇ声で喚くんじゃねぇ」
 低く落ち着いて艶のあるザンザスの声が、室内から流れ出る。綱吉の心臓がひとつ、音を立てて跳ねた。
「……ったく……しょーがねぇな……う"ぉいボスさん、ドンが来たぞぉ」
「わかってる。入れろ。てめぇは下がれ」
 下がれと言われた事が不服だったのか、瞳を剣呑な色に変えたスクアーロが、唇を噛んで脇へと退いた。その強い瞳に睨まれながら、綱吉は室内へと足を踏み入れる。応接室の付いた広い室内には、ザンザスの横たわるベッドと、無数の計器、そして点滴。
 枕をいくつも重ねた上へゆったりと寄りかかっているザンザスの紅い瞳が、まっすぐに綱吉を見据えている。
「ええと、ザンザス。背中、大丈夫?うつぶせてなくていいの?」
「何て事ねぇ」
「これ、お見舞い」
 差し出した花束を受け取るでもなく片眉を上げ、視線だけでそこに置けと命じて、男はゆっくりと唇を開いた。
「……ドン自らお出ましか」
「後で誰かに花瓶に生けてもらってね、これ。……だって心配だったし。オレのせい、だし」
「心配されるいわれはねぇ」
 素っ気なくそう返され、綱吉は苦笑するしかない。苦笑と呼ぶにはあまりに痛々しい、切ない笑みで。
「心配しちゃ、いけない?」
「あれはオレの判断ミスだ。あの場所に爆発物が仕掛けられている事に気付かなかった。炎を発動させる間もなかったしな」
「でも、だからって」
「あぁ?」
 食い下がる綱吉に、ザンザスは苛立ったように片眉を上げた。その顔を見つめ、意を決したように綱吉は口を開く。
「こんな事しないでくれよ。かばってもらっても、おまえがケガしたんじゃ意味ないじゃん」
「うるせぇな。てめぇの命を守る事が最優先事項だ。文句あんのか」
「あるよ。大ありだよ!」
 好きでたまらない相手が、自分のせいでひどい怪我をするなんて。いくら仕事だからといって、そんな事には耐えられない。……致し方ない、当然の事だと頭では理解していても。
 苛立ちを隠そうともしないザンザスが、唇を歪め、クッと顎を上げた。
「何が不満だ。こんなケガ、すぐに治る」
「おまえが傷付くのが嫌なんだよ!」
「あぁ?……関係ねぇだろう、てめぇには」
 ふ、と鼻先で笑いながら落とされたその言葉に、綱吉は頭のどこかが焼き切れる音を聞いた気がした。瞬間、目の前が白くなり、血液が逆流するような不可思議な感覚が襲う。
 関係ねぇだろう、てめぇには。
 関係ない。
 関係、ない?
 馬鹿言うなよ。
 オレは、関係ないの?

「関係なくない!お前が好きなんだよ!」

 思うよりも早く、口が動いていた。引き絞るような己の声が耳に届いたその一瞬後、スッと頭が冷える。まじまじと己を見つめる紅の瞳のどこか無垢な光に、綱吉は静かに目を伏せた。
「……あ?」
 訝しげな小さな声に、ため息を落とす。

 ――――ああ、言っちゃったなぁ……

 諦めと虚しさと後悔の入り交じった、どこか苦い思いが、胸の奥にずしりと重くのしかかる。胸と胃を冷やすそのかたまりは、綱吉の手足までも冷たくさせた。
 告げるつもりなんて、なかったのに。
 幼かったあの日に、彼の望む全てのものをその手から奪い取ったのだから。彼を想う事さえも許されないのだと、わかっていた。
 気付いた瞬間に諦めるしか道のなかった、けれど募るばかりでただ綱吉の胸を焦がし続けた、どうしようもなく切ない、この想い。
 ザンザス自身に告げるつもりなんて、欠片もなかったのに。
 血の気が失せてひどく冷たくなった掌をぎゅっと握りしめ、綱吉は唇を噛んだ。
 今なら、まだ誤摩化せる。
 おまえが心配なんだよ、同じファミリーの人間として、と。いつも通りの当たり障りのない柔らかな笑顔で、そう続ければいいだけの事だ。
 ……けれど。
 偽りも誤摩化しも許さないザンザスの強い瞳に見つめられれば、そんな軽い言葉さえも唇から零れてはくれなかった。理知と野性とが混在する、強く静かなその紅に、ただ、見蕩れ。
「……好き、なんだ……」
 小さく、唇を動かす。
 隠し切れない切なさと、秘めていた長年の想いが全身から溢れ出していくのを感じながら。
「……何だそりゃ」
 地を這うような低い声が、ザンザスの唇から落とされる。先ほどまでの静けさと打って変わり、その瞳は怒りに満ちて、物騒に輝いていた。紅の光が、綱吉の胸を射抜く。
「同情か」
「え?」
「十代目になり損ねた哀れな養い子に、同情でもしてんのかって言ってんだカスが!」
 堰を切ったように溢れ出たザンザスの言葉に、綱吉は呆気にとられた。拒否されるのはわかっていたが、こんな展開になるとは。
「そんなんじゃ」
「なら、てめぇら穏健派お得意の博愛主義ってやつか?誰にでも愛想振りまきやがって。反吐が出る!」
「そんな……」
 呆然とする綱吉に、病室の白いベッドの上から、ザンザスは低くうなるように言葉を投げつける。
「オレはてめぇを殺そうとした男だぞ?それに惚れるなんざ、頭おかしいのかてめぇは」
「そうだよおかしいよ!そんなのとっくの昔だよ!おまえに出会った時から、もうずっとおかしいんだよオレは!」
 憎しみに近いとさえ言えるような怒りの瞳で己を睨み続けるザンザスに、綱吉も同じように強い視線を返す。愛の告白をした直後とはとても思えない空気が、二人の間を流れている。空間そのものが膨れ上がるような強い感情の奔流が、互いに音を立ててぶつかり合い。
 先に瞳を伏せたのは、綱吉だった。
 打って変わった静かな声で、言葉を紡ぐ。
「……きっとおかしいんだ、わかってる。でも、仕方ないだろ?……気がついたら、もう恋に落ちてたんだから」
 唇から零れ落ちる言葉には、痛みと苦しみと、告げてしまった事への後悔の色がにじんでいる。己では制御できない感情に、自分自身も傷付けられ。同時にザンザスをも不快にさせている、その事が綱吉には辛かった。
「お前がオレを嫌って……憎んでるのは、ちゃんと、わかってるから」
 一言ずつ噛み締めるように、己に言い聞かせるように、告げる。
「初めて会った時から……ううん、会う前から、ずっとだ。オレはお前からたくさんのものを奪い取って来たよね」
 それは決して、綱吉自身の望みではなかったけれど。十代目の座も、父からの信頼も、ただひとつの寄る辺であった、彼自身の能力も、一時は。
 最初から決まっていた事とは言え、実際に彼の手から全てを取り上げたのは、綱吉だ。
 どれだけ憎まれても致し方ないと、自覚している。
 望んでいた訳ではないとは言え、結局は綱吉自身が選んだ道なのだから。
「……だからオレはこれ以上、何ひとつおまえから奪えないし……これ以上、少しも傷付けたくないんだ」
 そして。
 ザンザスに恋をしてすぐに、綱吉は気付いたのだ。本当ならば、気付きたくなかった。知りたくなかった。目をふさいでいたかった。けれど。

 ――――嫌でも気付くよ

 家光と共にいる時の、ザンザスの態度に。家光の事を話す時のザンザスの、どこか不自然な口調に。綱吉の知らないザンザスの時間を知っている家光への嫉妬で、そんな風に見えるのかとも思ったが。そうでは、ないのだ。

 ――――お前が、好きな相手は

 遠く淡い思い出なのかもしれないが。諦める事も忘れる事もできないのであろう事が、綱吉にはよくわかった。

 ――――だってオレもそうだもん

 諦めなければいけないと、頭で理解はしていても。目の前にいれば、結局、惹き付けられずにはいられない。ザンザス本人に問う気など、さらさらなかったが。

 胸が、痛かった。

 叶うはずもない恋をしている自分も、同じように叶わぬ恋をしているのであろう、ザンザスも。
 何故、心はままならないのだろうと、ただ胸が痛む。
 口をつぐんで立ち尽くしている綱吉を、ベッドの上からザンザスが見つめている。不可解だと言いたげに眉間にしわを寄せ、怒りの気配も今は潮が引くように消え失せていた。どこか無垢な光をたたえて己を見つめる紅の瞳に、綱吉は小さく微笑んだ。
 胸に刺さったいくつもの棘が、痛くてたまらない。それをなんとかこらえて。
「ごめんねザンザス。忘れて」
 去り際に告げた言葉と共に浮かべた微笑は、あいにくと泣き出す寸前のように切なく歪んでいた。






第二章


 数日後、執務中の綱吉の元に、ヴァリアーからの連絡がよこされた。
「十代目、ザンザスが退院したそうです」
「……あ、そう。良かった」
「ボディガードには、すぐにも復帰できるそうですが」
 連絡を走り書きしたのであろう小さな紙切れを手にし、獄寺がいかがします?と目だけで問う。
 ここ数年、他ファミリーとの会合や会食、きな臭い場所にドン自らが赴かねばならない時など、度々ザンザスが駆り出されるのが通例となっていた。先日の襲撃事件の時、然り。
 十代目が、九代目の息子を伴って会合などに出席しても、全く不自然ではない。彼もまた、ボンゴレの幹部だ。その上、例え何か事が起こっても、これ以上に強い二人はいないのだ。
「いや、ザンザスの身体の方が心配だから。ボディガードは当分必要ないよ。この前みたいな事あっても困るしね」
「伝えます」
 一礼して部屋を辞そうとする獄寺の背中に、綱吉は一言。
「お大事にって、伝えて」
 書類から目を上げず、静かにそう言ったのだった。





「……なのにさぁ……」
 何で、いるの。
 綱吉の顔にはそう書かれていた。確かに、本日は政界の重鎮主催のパーティーで、綱吉はそれに招かれているわけなのだが。こんな下らない集まりの為に、怪我をしているザンザスを引っ張り出したい訳ではなかった。
「オレ、当分必要ないって言ったよね?伝わってない?」
「聞いた」
「じゃあ、どうして休養とってくれないの?」
「そんなもの必要ないからだ」
 切って落とすようにそう返し、ザンザスはふいと横を向く。パーティー用に盛装しているその姿に、我知らず綱吉は見蕩れた。

 ――――ほんと、かっこいいよな。この人……

 すっきりと伸びた背筋に、長い手足。常と違ってゆるく後ろへ撫で付けられた黒髪が、秀でた額とシャープな顎のラインを際立たせている。黒々とした睫毛を軽く伏せた紅い瞳が、強い光をたたえながら辺りを睥睨してる様は、圧倒的な迫力に満ちていた。その凶暴なまでの魅力の前には、ただ膝を折るしかない。パーティー会場にいる人間達の視線が集まるのも、無理からぬ話ではあった。

 ――――かっこよくて、綺麗で

 そして、艶めいていて。どこまでも綱吉の心をとらえて離さない、年上の美しい男。頑ななくせにおかしなところが素直で、大人の男の魅力に溢れているのに、笑った顔は子供のように無邪気だ。強くて脆いそのアンバランスな魂ごとすべてに、綱吉は焦がれずにいられない。
 焦がれずには、いられないのだ。
 けれど。

 ――――ますます嫌われちゃったかなぁ……

 いつもは射抜くような強さで見返してくるザンザスの視線に、今日はいつものような強さがない。告白した事で気まずくさせただろうかと綱吉は肩を落とし、けれど仕方ない、と己に言い聞かせた。不快にさせたのは確実で、言うつもりのなかった想いを口にしてしまったのは、己の責任だ。あからさまに拒絶されたり蔑まれないだけマシ、と思った方が良いのだろう。
 寂しいような笑みをひとつ浮かべ、綱吉はパーティー会場へと目を転じた。主催者である政界人と形ばかりの歓談をしてみせて、こんなつまらないパーティーはさっさと退席してしまうに限る。盛装のザンザスを鑑賞できるのは良いが、この会場だとて、いつ何が起きるかわからない。本来ならば主催者の方で真っ先にドン・ボンゴレを見つけて近付いて来るものなのだが。
 綱吉が主催者を目で探していると。ザンザスがぽつりと口を開いた。
「飲み物が欲しければオレに言え。自分では取るな」
「……飲まないよ」
 別に喉が渇いているわけではない。それに、こうした場で飲食物に手を付けない事も、徹底して教育されている。
「でも、何でザンザスに言うの?」
「毒見する」
 何でもない事のようにそう言われ、綱吉はああ……と小さく頷いた。同時に、不可思議な感情が胸に湧く。
 数年前にはオレを殺そうとした人なのにな。今ではそのオレの為に、毒見までしてくれちゃうんだ。
 これが十代目になるという事なのか、と改めて思い、綱吉はふと、疲れを感じた。

 ――――ああ、疲れちゃったな……

 なんだかとても疲れた、と。綱吉は深いため息をつく。それを聞き咎めたザンザスが、一拍置いてゆるりと顔をのぞき込んできた。
「どうした。疲れてるのか」
「ん、平気」
「……無理はするな」
 ぶっきらぼうにそう言って、男はゆったりと腕組みをする。ほんの時折見せる、ザンザスのそんな不器用な優しさが、綱吉はとても好きだった。

 ――――そんなところも、好きだよ

 すごく、すごく好き。
 心の中だけでそう告げて、綱吉は小さく口を開いた。
「うん、ありがとう」
 呟きにも似たその声は、しかしザンザスの耳にもきちんと届いたようで。男の眉間に、クッとしわが寄る。
「礼を言うような事じゃねぇだろう」
 不貞腐れたような響きのその言葉が、綱吉の耳にはひどく嬉しく感じられて。
「……うん」
 それに続くもう一度の『ありがとう』は、心の中だけに留めておいた。
 ほんの少し緩んだ空気に安心し、綱吉は改めて横目でザンザスを盗み見る。身体に添うように仕立てられたスーツは、ザンザスの筋肉質な身体を包み込み、絶妙なラインを保っている。中に着ている白絹のシャツもまた、品良くザンザスの肌を包み、その艶を引き立てていた。骨張りながらも形の良い指先が、無意識にか袖口を弄っているのに、綱吉はふと目を留めた。
「そのカフリンクス、いいね」
「あ?」
 シャツの袖口を留めるカフリンクス。シンプルで上品なデザインのそれが、ザンザスの雰囲気にとても合っていた。
「すごく、ザンザスに似合ってる。かっこいいね、それ」
 盛装ゆえにきちんと留めているのであろう、袖口を飾るカフリンクスを眺め、綱吉が素直にそう褒めると。
 ザンザスは一瞬きょとんと目を見張り、次いで盛大に噴き出した。周囲の人間も一斉にこちらを見るほど派手に大笑いしているザンザスに、綱吉は訳が分からない。
「え、何かおかしかった?」
「あー笑った……親子ってのは、趣味まで似るもんか?」
「……え」
 『親子』という単語に、綱吉の背筋がスッと冷えた。冷たい手で撫で下ろされたような嫌な感触に、顔が強張る。
「これは家光から贈られたもんだ」
「父さん、から」
「何年前だ?おまえも日本から来ただろ、オレの誕生日に」
「……ああ、あのパーティー」
 まだザンザスに恋をしているなんて、自覚していなかった頃の話だ。胸の奥に巣食うもやもやとしたものが、恋情や嫉妬であるなど、思いもよらなかった頃。
 ……気付かないままならば、こんな思いはしなくて済んだのに、と。
 理不尽な己の感情を、ただ嗤うしかない。

 ――――こんなタイミングで。ちらつかせないでよ、影を

 ザンザスの心に住んでいる、その影を。
 ちらつかせないでよ、父さん。
 誰が悪いわけでもない事は、わかっていた。けれど。やりきれない思いが胸を灼く。
「そっか。父さんのプレゼントか」
 小さく呟き、クッと肩で笑うと。綱吉は苦渋を吐き出すように、長く静かな吐息をついた。
 なんだか、本当に。
 疲れちゃったよ。
 パーティーの主催との歓談など、とてもする気にはなれなかった。





「今日は嵐のも同行か」
 感情の覗けない低い声が、静かに問いかける。
 地域の教会へ礼拝に行く最中の事。
 マフィアたる者、教会との繋がりは密に保っておかなければならない。信仰心のあるなしに関わらず、これは政治であり、社交なのだから。まして、旧教徒の多いこの国で組織のまとめ役を務める綱吉は尚更だ。自分自身の信仰云々の問題ではなく、何事も円滑に進める為に、綱吉は教会への多額の寄付を怠らない。無論、時折の顔出しも欠かさぬように。今日はその一環として、礼拝へ行くところだったのだが。
「うん。一緒に来てもらった」
「……近頃、多いな」
「そう?」
 車中にて、隣に座るザンザスが不意に問いかけて来たのだ。嵐の、と彼に言われた獄寺は、前方の助手席でちらりとバックミラーに目をやり、何も言わずに再び手元の端末へと目を落とす。
「オレ達ヴァリアーだけじゃ、ドン・ボンゴレの警護には不安か?」
 やや皮肉なその声音に苦笑し、綱吉は眺めていた書類から目を上げた。
「まさか、違うよ。獄寺君にも行ってもらわなきゃならない用事が多かっただけ。それにおまえもまだ身体が万全じゃないし……」
「あれからひと月も経ってる。治ったに決まってんだろ」
 紅のきつい眼差しが、射すくめるような強さで綱吉を睨み据えている。ゆるりと瞬きその視線を外しながら、綱吉はいつもの当たり障りない笑みを浮かべてみせた。
「そうは言うけど、無理させら」
「治ったと言っている」
 語尾にかぶせるように強い口調で言い切るザンザスに、綱吉は微苦笑し。書類に視線を戻しながら、軽く肩をすくめて見せた。
「わかったよ、ザンザス」
 ザンザスに告白してしまってから、一ヶ月あまり。綱吉は、ザンザスを伴う用事には、なるべく獄寺や山本など、他の幹部も同行させるようになっていた。
 理由はただひとつ。
 ザンザスと二人きりの状況を避けたいが故だ。
 ボディガード役を外してしまえば話は簡単だが、九代目たっての願いで始まったこの護衛業務からザンザスを遠ざける事は、さすがの綱吉にもできず。けれど、間近にその人を感じ、その瞳に晒され続ければ、想いはますます募るばかりだ。ザンザスを不快にさせ、己自身をも痛めつけるこの想いを、綱吉はどうしても諦める事ができなかった。叶わぬと知っている、報われる事など期待もしていない、けれど想う事だけは、どうしても止める術がない。
 そんな己の感情をわかっているからこそ、綱吉はザンザスと二人きりになる状況を極力作らないように努力していたのだ。

 ――――こっちの気も知らないで

 綱吉が心の中で文句を付けると。隣から送られる視線が、鋭さを増した。
「……まともに目も合わせねぇ気か」
 喉奥でうなるような低いその呟きに、え、と綱吉が顔を上げると。瞳を怒気でギラつかせたザンザスが、ギリ、と奥歯を噛み締めた。
「ザン……?」
「到着しました」
 滑るように車が停止し、助手席の獄寺がそう、声をかける。睨み合ったまま動かない二人を不審に思ったか、彼が再度口を開こうとすると。
「ん、今出る」
 視線を断ち切るように、先に動いたのは綱吉だった。外から車の扉が開かれる。慣れた仕草で身を滑り出させるその背を睨みつけながら、ザンザスも己の側の扉から降り立った、その時。

 爆発音と、あがる悲鳴。
 重なるように、響き渡る銃声。

「十代目!車にお戻り下さい!」
 叫んだ声の主に視線を送り、ひとつ、首を振る。
「戻らない。何が起きたの?」
「まだ詳しくは……ダミー車に爆発物が仕掛けられていたようです。十代目が教会へいらっしゃるのを待ち伏せしたものかと」
 とにかく十代目、ここはひとまず、屋敷へお戻りを。
 早口にそう告げて自分を車に押し込めようとする獄寺を押しとどめ、綱吉は銃声の鳴り響く中、黒塗りの車の陰に身を潜めてうんざりとため息をついた。
「戻らないよ。こんな、一般人まで巻き込む騒ぎになって」
 礼拝日の教会だ。地域の人々が礼拝に訪れている、その最中だというのに。
「ダメだ、おまえは戻れ!」
 強い力で肩を掴まれ、引きずり戻される。厳しい顔で己を見据えるザンザスを見返して。
「戻らないってば。一般人巻き込んで奇襲までされて。黙って逃げ出すなんて事、ドン・ボンゴレがしていいの?」
「言っただろう、おまえの命が最優先だ!」
 叫ぶようなその声に、綱吉は静かに微笑んでみせた。

 ――――オレがドン・ボンゴレじゃなければ、おまえはそんな風に気にしてなんかくれないんだろ?

 わかっていても、その事実は綱吉をほんの少し寂しい気持ちにさせた。そんな場合ではないとわかっているのに、どうしても心が揺れる。
「オレは仲間を見捨てない。知ってるだろ?」
 その言葉に、ぐっと眉間にしわを刻んだザンザスに、綱吉は左手を掲げてみせた。
「どうせ奴らの狙いもコレだろ?奪ったって、意味ないのにね」
 中指に輝くボンゴレリング。大空の色を映し込むそれを、煌めかせ。
「……そんな事の為に、罪も無い人々を巻き添えにはできない。獄寺君、状況は?」
「はい、把握しました。スピノーラファミリーの連中です。ざっと五十人程かと。やはり十代目が礼拝においでになるところを、待ち伏せしたようです」
「スピノーラ……ああ、あの新興の。オレを殺して指輪を奪えば、何とかなるとでも思ったのかな。……最近、野蛮なのが増えたよねえ」
 ほんと、マフィアなんて大嫌い。
 口の中で小さくそう呟き、綱吉は指示を出す。
「獄寺君、周囲の一般人を避難させて。聖堂の中にいる人達も、きちんと保護するように」
「既に手配しました」
「ん、さすが。じゃあ、行こうか」
 車の陰から、ゆったりと綱吉が立ち上がる。止まぬ銃声と爆発音が耳を聾する。舞う土埃と硝煙の臭いが、ひどく不快だった。
「近頃、雑魚がうるさくてかなわない。奴らに伝統の底力っての、見せてやってよ。獄寺君、ザンザス」
 静かなその言葉に、獄寺は一礼して身を翻し、抗争のただ中へと駆け出して行った。またひとつ、耳をつんざくような爆発音があがる。
「……てめぇは戻れ」
 低く鋭い声でそう繰り返すザンザスに、綱吉は淡く笑ってみせ。
「嫌だって。あんまりボンゴレを舐めてもらっちゃ困る。……だろ?」
 手袋をはめた両手に、炎を灯す。

 ――――それに、ドン・ボンゴレらしくあれば、おまえはオレを気にかけてくれるじゃない

 怒号と、銃声と、爆音と。
 快晴の青空を消し去るような硝煙の中、綱吉の笑みはひどく柔らかく爽やかだった。それを睨むように見返して、ザンザスは。
「……勝手にしろ!」
 喉の奥から絞り出すように、そう吐き捨てた。





 勝敗など、はじめから見えていた勝負だ。ボンゴレリングの噂を聞きつけた弱小ファミリーが、イチかバチかで奇襲をかけてきた、お粗末な抗争。

 ――――ボンゴレリングを手に入れれば、マフィアの神になれるとでも思ってんのかな

 小さく肩をすくめつつ、綱吉は思う。
 こんな、指輪ごときに、と。
 ただの指輪ではない事は、綱吉自身が一番良く知っていた。けれど、その為にこうも抗争が起こるのでは、正直、やっていられない。
 飛び出して来た下っ端数人を焼き払いつつ、綱吉がそんな事を考えていると。不意に、身を貫くような殺気が、綱吉の心を震わせた。
 見上げた先には、己へと照準を定められた銃口。大空戦で幾度となく向けられた、あの銃口だ。
「……ザンザス」
 遠く、喧噪の彼方だというのに、綱吉の瞳にはその人の姿だけが、浮かび上がるようにくっきりと映る。憎しみと殺意を迸らせる紅の瞳が、底光りするように輝きを放ち。

 ――――殺したいなら、いいんだよ

 おまえになら、殺されてもいい。
 大空戦のやり直しをしたいのなら。どうしてもオレが憎いのなら。穏健派ぶった十代目のお守に疲れたのなら。
 それでも、構わない。
 おまえの望みだったら、構わないんだよ。
 時間にすればほんの一瞬、けれどひどく長く見つめ合っていたように綱吉には感じられた。ザンザスとただ二人きりの空間で見つめ合っていたような、そんな不可思議な感覚に綱吉が酔った、次の瞬間。
 ザンザスの銃で吹き飛んだのは、綱吉の背後の敵だった。悲鳴を上げる間もなく絶命したその男を振り返り、呆然とした顔を改めてザンザスへと向けると。
 男は、まさに射殺したいかのような鋭い一瞥を投げかけ、羽飾りを翻して綱吉に背を向けたのだった。






第三章


 月はとうに中天を越え、もう数時間もすれば空が白む。
 とっぷりと夜が更けたその頃に、綱吉はようやく寝台へと転がり込んだ。昼の突発的な抗争の後始末に追われ、身も心もクタクタだった。しかし、今の彼に許されている睡眠時間は、夜明けまでの三時間のみ。起きれば残務処理の続きが待っている。

 ――――あー、着替えるのめんどくさい……でもシワになるし……でも眠い……

 倒れ込んだ寝台の上、辛うじて靴だけ脱いで床へと落とし、綱吉は眠気と理性の狭間で揺れていた。眠気に支配されつつも、着替えないとシワになると頭のどこかが叫んでいる。

 ――――ネクタイ外したから、もういいか……

 ついに綱吉が白旗を掲げて眠りに落ちようとした、その時。
 圧倒的な怒気と殺気が、空気を震わせた。一瞬にして寝台の上へ跳ね起き、良く知るその気配へと身体を向ける。
 次の刹那、露台に面したフランス窓が派手な音を立てて破壊された。夜風と共に寝室へと侵入して来たのは。
「……ザンザス」
 砕け散った硝子の破片を頓着なく踏みしめ、ザンザスは綱吉のいる寝台へと迷いなく歩み寄った。寝台に起き上がりそれを迎える綱吉は、己の心がひどく落ち着いているのを、どこか不思議な気持ちで感じていた。
 射すくめるような赤光を放つ瞳が、突き刺さるような殺気が、心地良い。
 寝台に乗り上げ、己を突き倒して馬乗りになったザンザスを、静かに見上げる。
 鳴り響く警報器の音も、執務室から私室へなだれ込もうとする部下達の声も、気にならなかった。
 室内の空気はひどく張りつめているというのに、綱吉は唇にかすかな笑みさえ浮かべてしまう。馬乗りになったザンザスの両手が、その首筋にかかった。
「十代目!ご無事ですか十代目!今ここを……」
 鍵のかかった寝室の扉をこじ開けようとしている獄寺に、綱吉は声を返す。
「来ないで、獄寺君」
「なっ……!」
 外にいる獄寺にも、この気配がザンザスのものだという事はわかっているだろう。怒気と殺気を隠そうともしない、この強い存在感。騒ぐ声など聞こえてもいないように己を睨み据えるザンザスの瞳から、綱吉も目を逸らす事ができない。ベッドサイドからの淡い光に浮かび上がるザンザスの、怒りに燃える紅い瞳はどこまでも美しくて。
「何でもないから」
「しかし十代目……!」
 魅入られたようにザンザスを見つめながら、綱吉は静かにそう告げる。扉を隔てた獄寺に聞こえているのが不思議なほどに、静かな声音。
「いいから。……大丈夫だから」
「そういうわけには……!」
「獄寺君」
 ゆっくりと区切るように名を呼ぶと、綱吉の意志が変わらない事を理解したのであろう。
「……わかりました」
 諦めたような硬い声で、獄寺がそう答えを返す。周囲に他にもいるのでろう部下達と共に、扉の向こう、獄寺の気配がゆっくりと遠ざかって行った。
 それを感じながら、二人は一瞬たりとも互いから視線を外す事はなく。
 馬乗りで己を睨み据えるザンザスを見つめ、綱吉はゆっくりと口を開いた。首筋に回されたザンザスの指が、熱い。否、熱いと思うのは、想う人の指が触れている、そのせいかもしれなかった。
「……どうしたの?」
 驚かさないように、静かに問いかける。聞こえているのかいないのか、その問いにもザンザスは答えず、ただ、心までも喰らい尽くすような強さで綱吉を見つめている。薄明かりに照らし出され紅く輝くその瞳は剣呑な色に彩られているというのに、綱吉の目には美しく映るだけだ。
「殺しに来たの?」
 天蓋付きの広く頑丈な寝台は、綱吉とザンザスの二人が乗っていても、びくともしない。柔らかな上掛けの上、押し倒されたままの綱吉は、首に回されているザンザスの指に、そっと己の指を這わせた。はがすでもなく、抗うでもなく、ただ静かに、添える。続きを促すかのように。

 ――――いいんだよ。構わないんだ

 昼間の抗争で、ザンザスの心に再び野心が芽生えたのならば、それもいい。綱吉が奪ったものすべてを、取り返したいというのなら。

 ――――オレの命ごと全部、持って行けばいい

 それがお前の望みなら。そう思い、綱吉はひとつ、ゆっくりと瞬きをする。愛しい相手の顔を、まぶたに刻み付けるように。
「……いいんだよ、ザンザス」
 囁くと。
「うるせぇ、黙れ」
 この部屋へ入って初めて、ザンザスが口を開いた。声は低く、鋭く、闇に紛れそうな色を帯びて空気に溶ける。
 首筋に回された両手に、力がこもった。
 馬乗りになって綱吉の銅を挟み込んでいる太腿にも力が入り、ぐっと締め上げて来る。

 ――――暴れたりしないから、大丈夫

 親指が気道を塞ぐのを感じ、薄く笑みを浮かべたまま綱吉は、静かにザンザスを見つめていた。この世の最期に見るのがこの人の顔なら、それ以上の幸福はないと思いながら。
 ギリ、とザンザスの奥歯が鳴る。
「……てめぇのせいで眠れねぇ、ふざけんな」
 歯の隙間から、うなるようにそう告げられても、綱吉には音としてしか理解ができず。かすかに朦朧とし始めた頭で、睨む瞳の光が近付いたと認識した、その瞬間。
 ガツリ。
 唇に、鈍い痛みがあった。
 息苦しさと痛みと混乱で、綱吉には訳が分からない。霞む視界一杯に、ザンザスの黒々と長い睫毛や、怒りに燃え立つ紅い瞳が映っている。

 唇には、鈍い痛みと柔らかな熱。

 噛み付くようにキスをされたのだ、と気付いたのは、唇が離され、首を絞めていた両手が外された後だった。
 気道から酸素が急激に流れ込み、綱吉は激しく咳き込んだ。苦しさに涙を浮かべつつ、喉を空気が流れるに任せる。
 噛み付くように、どころではなかった。力も勢いも加減しないザンザスの歯が当たり、綱吉の唇は見事に切れていた。
 薄く血を流して痛むそこに指をやり、未だ咳き込み涙目のまま、無表情に己を見下ろす男を見上げる。
 涙でにじんだ視界でも、やはりザンザスは美しかった。
「な、なんで……?」
 混乱する頭のまま、何を尋ねたいのかもわからずに綱吉がそう口にすると。
 男は表情を変えないままに綱吉の上にまたがって、ただ静かに彼を見下ろしている。答えなど、その唇から出る様子もない。
「なんで……」
 改めて、今度は多少意思を持った強さで問いを口にすると。
「うるせぇ、知るか」
 全身から険をにじませて、ザンザスはそう吐き捨てた。殊更に忌々しげな、苛立ちを隠そうともしない口振りで。
 そのまま、またひとつ綱吉を睨み据え、またがっていた身体の上から、身を翻す。
「待っ……」
 引き止めようと伸ばされた綱吉の指は、彼の羽織った上着の裾をわずかに掠めただけで。指先をすり抜けたその黒衣を、呆然と見送るしかない。
 そのままザンザスは振り返りもせず、自らが割った窓から身を躍らせた。ブーツに踏みしめられた硝子の音だけが、かすかに室内に残される。
「ザンザス……!」
 未だ掠れたままの声で呼ぶ名には、返る答えもなく。
 後に残されたのは、ザンザスのブーツに踏み荒らされた寝台の上掛けと、その上で呆然と座り込む綱吉の姿。
 割れた窓から入り込む夜風が、静かにカーテンを揺らしていた。






第四章


 澄み渡った夜明けの空が、窓の外に広がっている。
 結局あの後一睡もできなかった綱吉は、薄く隈の浮いた両目のままに、小さく欠伸をもらした。全身が疲労に支配されているというのに、頭の芯がひどく高揚し続けている。
 鏡をのぞき込むと、首筋にかすかに指の跡。
 そして、下唇のやや左寄りに残された、傷。
 その二つが、昨夜の出来事は夢ではないと綱吉に教えていた。指先でゆるく下唇をなぞれば、触れた傷がわずかに痛みを訴える。

 ――――夢じゃ、ない

 のしかかられ、首を絞められた事も。キスを、された事も。
 唇の柔らかさや弾力よりも、歯の鋭さと熱い痛みの方が記憶に残っていて、綱吉は己の唇に触れた指先を握り込んで、小さく吐息をついた。
 ザンザスの行動の意味が、わからない。
 何故、キスなんてしたのだろうか、と。……あれをキスと呼んでもいいならば、の話だが。
 そして、あの言葉の、意味も。綱吉には、わからない。
 わかるわけも、なかった。
 混乱と疲労と睡眠不足のせいで頭痛がする頭を抱えながら、男はのろのろと服を着替える。いくつになっても濃くならない髭がうっすらと伸びたのを丁寧に剃れば、もはや執務の時間が目前に迫っていた。





 執務室の扉を開くと、獄寺が既に待機して書類など揃えているところだった。中学生の頃から十代目の右腕を自任する彼は、常に過剰なまでの熱心さで綱吉のサポートをしてくれる。時に有難く、時には多大なる迷惑にもなるわけなのだが。
「おはようございます、十代目」
「おはよう、獄寺君」
 いつもと変わらぬ温和な笑みで挨拶を返すと、獄寺がかすかに眉を寄せた。
 シャツの襟で隠し切れない指の跡に目を止めたのか、唇についた傷に気付いたか。あるいは、その両方かもしれない。
 昨夜あの後何があったのかと余程尋ねたいのであろう、もの問いたげな獄寺の視線を黙殺し、綱吉は広い執務机に着席した。書類は山と積まれているのだ、雑談をしない言い訳にはちょうど良い。
 拷問のような量の紙の束に、目眩がひとつ。万年筆を取り上げて、綱吉は覚悟を決めてその書類の山へ挑みかかった。
 通常通りの報告書に加え、前日のスピノーラとの抗争に関する報告書が圧倒的に多い。獄寺が処理できる部分は対応してくれているとは言え、綱吉の負担はとてつもなく大きく。中学生の頃には想像もしていなかったような量の仕事の山を、綱吉は渋々ながらもおとなしくこなしていた。
「ちゃおッス」
 いつものとぼけた挨拶と共に、ボルサリーノを小粋に被った家庭教師が扉を開ける。
「リボーンさん!」
「よお、お前ら。昨日はお疲れだったな」
「まったくだよ」
 カフェを片手にそうねぎらうリボーンに、綱吉は憮然として言葉を返した。
「ブサイクなツラしてんじゃねーぞ、ツナ。よくやったって言ってんだ」
 珍しい褒め言葉に、綱吉が一瞬固まると。
「まあ、まだまだだけどな」
 ニヤリと笑って、リボーンはカフェを一口、口にする。持ち上げても、落とすのは忘れないのだ。
「こっちの事務処理は滞りねーだろ。後でヴァリアーからの報告が上がって来るぞ。それまでにこっちの分片付けておかねーと、後が大変だぞ」
「ヴァリアーの」
「あたりめーだろ。スピノーラの残党を殲滅しろって、おめーが指示したんじゃねーか」
 そういえばそうだった、と綱吉は小さく頷いた。仕事の早いヴァリアーの事だ。おそらくは昨日の内に全て片付けたのだろう。
 報告書を持って来るのは、いつもならば大抵の場合、ザンザスなのだが。

 ――――いやでも、ザンザスだって忙しいだろうし

 昨日の今日で、綱吉もどんな顔をすればいいのかわからない。ザンザスの意図も見えない状況では、尚の事だ。マフィアのドンとしての顔はともかく、こと、ザンザスに関しては綱吉はどこまでも気弱なままだ。期待と不安の入り交じった思いで綱吉は胸を高鳴らせた。それを横目に、家庭教師はソファに腰掛けカフェをすすっている。
「……リボーン。手伝いに来てくれたんじゃないのかよ」
「甘ったれんじゃねーぞ。冷やかしに来ただけだ」
「何だそれー!」
 ゆったりとくつろぐリボーンに、綱吉はがくりと肩を落とした。




 食事も忘れて綱吉が書類仕事に没頭する事、数時間。
 鮮やかな気配が不意に意識をとらえ、綱吉は書類から顔を上げた。執務室の扉がノックされたのと、ほぼ同時。
「どうぞ」
 努めて平静を装って、そう、声をかける。その返事を待ってもいなかったかのように乱暴に扉が開け放たれ、常と変わらぬ仏頂面をした男が室内に足を踏み入れた。
「ちゃおッス、ザンザス」
「……アルコバレーノ」
「おめーも昨日はご苦労だったな」
「大した仕事じゃねぇ」
 不機嫌にそう言い捨て、ザンザスは部屋の奥へと足を進める。視線は睨みつけるような強さで、ただ、綱吉ひとりに注がれていた。
「報告書だ」
「うん、ありがとう」
 バサリ、書類の束を突きつけられ、綱吉はそれを慌てて受け取った。高い位置から見下ろすザンザスの紅い瞳に、ドン・ボンゴレ十代目は落ち着かなくて仕方がない。書類を持った指先が、緊張でかすかに震える。紙をめくる乾いた音だけが、室内に響いた。
「……ん、いつもの事ながらお疲れ様。残務処理は?」
「ルッスーリアが当たっている」
「それなら安心。有難う」
 軽く微笑み、書類にサインを施す。ヴァリアーへ返却する分の書類を手渡すと、ザンザスは即座に踵を返した。
「待……」
 一瞬声が裏返り、綱吉は小さく咳払いをする。退室しようとノブに手をかけたザンザスの動きが、一瞬止まった。
「待って、ザンザス。話がある」
「……何だ」
 無愛想に振り向き、険のある視線をよこすザンザスを見つめ返して。

 ――――今じゃなきゃ、ダメだ。今、話をしないと

 このまま、何もなかった事になってしまう。
 働いて欲しい時には滅多に働いてくれない超直感が、珍しく綱吉にそう告げている。今話さなければいけない。今、向き合えと。
「獄寺君、外してもらえる?リボーンも」
 その言葉に、獄寺は驚いたように目を見張った。ザンザスが部屋へ来た時からずっと胡乱な目付きをしていた彼には、綱吉とザンザスを二人きりにするなど、また何が起こるかわからないというところなのだろう。
「しかし……」
 綱吉とザンザスを興味深げに眺めていたリボーンが、ニッと笑った。口を開いた獄寺を、手で制す。
「わかったぞ、綱吉。オレ達は出て行くからな」
「リボーンさん!」
「ありがと、リボーン」
 ホッとしたように礼を言う綱吉に、家庭教師はボルサリーノのつばに軽く手をやり答える。
「しっかりカタつけろよ」
 何を知っているわけでもないであろうに、全てを見透かしているような瞳でそう笑い、リボーンは渋る獄寺を伴って執務室を出て行った。
 静かな室内に、綱吉とザンザス、ただ二人が残される。
 扉の横の壁の前に突っ立って、ザンザスはぐっと綱吉を見据えた。ゆっくりと、腕組みをする。威圧するというよりは、己の身を抱き締めるようにして。
 机に手をかけ立ち上がりつつ、綱吉は口を開いた。
「ゆうべの事、だけど」
 慎重に、ザンザスの様子を伺いながら。男は黙って腕組みをしたまま、微動だにしない。緊張で、口が渇いた。重厚な絨毯を踏みしめ、一定の距離を保ったままザンザスの前へ立ち、静かにその瞳を見つめる。
 心臓が、早鐘のように打っていた。
「どうして、キスしたの?」
 男からのいらえはない。代わりに、その両の瞳の険だけが増した。鋭く射るようなそれは、いつだって綱吉の心を鷲掴んで離してはくれない。
「どうして、オレのせいで眠れないの……?」
 そんなはずがない、という思いと、もしかしたら万が一、という儚い望み。その二つが綱吉の胸でせめぎ合い、彼の思考をぐちゃぐちゃに乱していく。
 もしも、そう、なのだとしたら。
 己を睨み続けるザンザスを見つめ、綱吉は祈るような思いで両手を握りしめた。心臓は強く打っているのに、指先は緊張で冷たく強張っている。
 黙ったままだったザンザスが、しばしの後、ようやく口を開く。
「……知るか」
 一言、放り投げるようにそう呟き、男は綱吉の脇をすり抜けると傍らのソファへ足を投げ出して座った。柔らかなクッションを引き寄せ、引き締まった長身を沈み込ませる。
「知るかじゃないじゃん。自分の事でしょ」
 ザンザスの姿を目で追いながら、綱吉は向かい合わせのソファへと腰を降ろした。正面ではなく、少し斜めにずれた場所に。真正面に座る勇気も、隣に座る図々しさも、今の彼にはなくて。腰を降ろして両手を組み、綱吉は落ち着かなく視線を彷徨わせた。
 どうすれば良いのか、わからない。
 己の指先を、ローテーブルの上を、ザンザスのつま先を、綱吉の視線が惑うように彷徨い。意を決して目を上げ、ザンザスを見つめた。
 瞬間、ひとつ、心臓が跳ねる。
 不貞腐れたような顔付きで己を見ているザンザスと、瞳がかち合ったからだ。
「……知るか。してぇから、した。眠れねぇから、眠れねぇ。理由なんざ、知らねぇよ」
 言って、軽く瞳を伏せる。唇が少しだけ尖っているのが、綱吉の目にはどこか幼くて可愛らしく映る。

 ――――胸が苦しいよ……ザンザス

 期待してしまいそうな己を心の内で笑い、唇につけられた傷口に、そっと指先で触れる。
 理由など知らない、わからないとザンザスは言う。怒ったような、不貞腐れたような、そんな態度で。

 ――――あの時も、そうだったよね

 あの大空戦の時も、ザンザスは全ての感情を怒りにすり替え、ただ燃え立つ瞳で綱吉を睨み据えていた。哀しみも、寂しさも、悔しさも、父の愛が欲しいという叫びも、すべてを。おそらくは、自身でも気付く事もなく。
 己の感情にも他人の感情にも疎い、哀しくも激しい魂。
 その強さと脆さの両方に、あの時既に心奪われていた。救いたい、理解したい、そう強く願って。
 そして今も、惹かれ続けている。

 ――――ダメだ。どうしても、好き

 どうしても。好きだ。
 そう、心が叫んでいた。
 綱吉は熱に浮かされたように、ふらり、ソファから立ち上がる。その動きを追う紅い視線の主に近付き、その足許へと跪いた。唇から、小さな問いが零れ落ちる。
「したいから、してくれたの?」
 キス。
 そう囁けば、問われたザンザスの眉間のしわは、更に深くなった。ますます瞳の険が増す。
「否定しないと、オレ、都合良く解釈しちゃうよ……?」
 言いつつ、溢れる程の熱を込めた眼差しで、綱吉はソファに座るザンザスを見上げた。視線が、温度を持って絡み合う。
「……都合良くってのはどういう意味だ」
「こういう、意味」
 囁きながら、柔らかなクッションに置かれていたザンザスの手を取って。視線を絡ませたまま、その甲へと口吻ける。
 途端、ザンザスの手が強張り、綱吉の掌中から引き抜かれようとするのを許さずに、やはり視線を絡ませたまま。その長く骨張った指先に、親指の付け根に、接吻を落とす。
 ザンザスの眦が吊り上がり、うなるように低い声が歯の隙間から洩れる。昔の綱吉ならば、震え上がっていたであろう迫力だ。
「やめろ」
「やだ」
 けれど、今は。その瞳に睨まれる恐ろしさよりも、目も合わせてもらえなくなる事の方が恐ろしかった。
 映りたい。
 映していて欲しい、その瞳に。
 そう、懇願するように思いながら、掌中に握りしめた手は離さずに。

 ――――絶対無理だと思ってたけど、でも

 もしも少しでも望みがあるのなら、諦めない。
 諦める事なんて、やはりできないと。そう痛感する。
 一度口に出してしまった想いは、その強さを増すばかり。ザンザスの言葉の端に家光の存在を意識してしまっても、ザンザスの怒りに晒されても、殺されるかもしれないと思っても。愛しい気持ちばかりが先に立つ。
 唇に付けられた傷の、そのヒリつく痛みが綱吉を後押しする。
「キスしたいって、思ってくれたのは、さ」
 身を強張らせ己を凝視しているザンザスに切なく微笑みかけながら、握った手の掌を、手首を、そっと指先で辿る。
「もしかして、もしかしてさ、ザンザスも、オレの事」
 言葉を切り、瞳を伏せる。手の甲と指との境にある骨の隆起に、静かに接吻を落として。
「……少しでも、好き、とか。思ってくれてるのかな……」
 言葉の最後は震える吐息に混ざり、空気に溶けて消えた。ザンザスの顔を見る事もできず、その膝に顔を伏せる。
 自分でも嫌になる程に気弱な感情が頭をもたげて、綱吉はいっそ泣きたい気分だ。ザンザスへの恋心に関しては、綱吉には強気になれる部分なんて最初から欠片もなくて。
 床に跪いたまま顔を伏せていたその膝が、かすかに身じろぐ。握りしめ続けていた手が引き抜かれようとするのに慌て、綱吉がその手を握り直す。けれど一瞬ザンザスの方が早く、乾いたその手は綱吉の掌中をすり抜けてしまった。
 喪失感に胸が軋んだ、次の瞬間。
 頭に、その手が置かれる感触。
 ゆるく撫でられ、ザンザスの膝からゆっくりと顔を上げる。どこか不思議そうな顔付きのザンザスが、綱吉を見下ろしていた。
「……忘れろって言ったじゃねぇか」
 低く静かな声が、心底不思議そうに降って来る。
 跪き、投げ出されたザンザスの膝に手を置いた体勢のまま、己を見下ろす紅い瞳に、綱吉は必死で言葉を紡いだ。
「言ったよ、言ったけど。でもやっぱり、ダメだ。諦められない。少しでも可能性があるなら、何でもするよ」
「……何でも、だ?」
 かすかに首を傾げてそう尋ねるザンザスに、熱に浮かされたように言葉を続ける。
「うん。おまえに好きになってもらえるなら。好きなんだよ、ザンザス。おまえがいい、おまえじゃなきゃ嫌だ。おまえの傍にいられない人生なんて、何の意味もない。お願いだから、オレを傍にいさせて。好きだよ。大好きだ」
 胸から溢れるままに、気の利いたセリフのひとつもなく、ただ余裕なくかき口説く言葉ばかり。けれど、そんな己の稚拙さを笑うような心の余裕さえなくて。
 再びザンザスの手を取り、接吻を落とす。許しを請うように、その手に額ずくと。
「……忘れなくて構わねぇのか?」
 ぽつり、ザンザスが呟いた。
「……え?」
「今の言葉。今度は忘れなくていいんだな?」
 確かめるようにそう繰り返すザンザスを見上げ、綱吉は。
「……うん。忘れないで欲しい……よ」
 自分の耳にもひどく甘ったるく響く声で、そう囁いた。それに対する返答は、否でも応でもなく。
「……ふん」
 鼻を鳴らすザンザスの、片眉を上げた仕草だけだ。けれどザンザスのまとう空気が、己を受け入れてくれているように綱吉には感じられて。握りしめた手が引き抜かれない事が、綱吉にほんの少しの勇気を与えてくれる。
 答える言葉をもらえずとも、拒否をされないのならば、それでいい。今はまだ、それでいい、と。綱吉はそう思い、甘い熱を込めてザンザスを見つめた。
 初めて出会った時からザンザスは、手に入らないものばかりを求めて傷付いていた。もうこれ以上、そんな姿を見たくはない。

 ――――だから、オレにして

 祈るように、そう願う。
 オレなら、貴方のものになるから、と。
 ザンザスが惹かれ続けているのであろう男の血も、流れている。卑怯だなどと言ってはいられない。それさえも武器にしてこの恋を手に入れようと、綱吉は覚悟を決めた。

 ――――いつか必ず、父さんよりいい男になるから

 だから。
 決して口には出すつもりのない、綱吉ひとりの密かな決意だ。
 だからお願い、オレにして。
 他の誰でもなく、オレに、お前を幸せにさせて。
 真剣な眼差しで己を見つめる綱吉に、その心の声が聞こえるわけもないザンザスは、不審げに眉をひそめた。
「何だ、そのツラは」
「……キスしてもいい?」
「あぁ?!」
 全く噛み合わない会話に、ザンザスが目を見開く。ザンザスのそんな珍しい表情を眺めつつ、綱吉はこっそりと己の心に言い訳をした。
 何も奪わないと、そう決めていたというのに。長年のそんな決意など、指先から流れ込むこの体温の前では、脆くも崩れ去ってしまう。
 奪うのではなく、お願いをするのだからと自分で勝手に理屈をつけ、綱吉は再び口を開く。
「キス、させて?」
「……」
 甘く、けれど押し殺した熱さをにじませてそうねだる綱吉に、ザンザスは半眼閉じてぐっと顎を引いた。
「それは命令か?ボンゴレ十世」
 予想外の問いかけに目を丸くし、綱吉は慌てて首を振った。そんな事を命令できるような性格だったら、こんなにも長い間、指をくわえて悶々と過ごしてはいない。
「違うよ、まさか。お願いしてるの。おまえの唇に触れさせて欲しいって、お願いしてるんだよ」
「そうか」
 綱吉の言葉に、ザンザスは軽く瞳を伏せ。
「……なら、構わねぇ」
 半ば伏せた睫毛の向こうから、その紅い視線を静かに綱吉に注いでいた。
 落ち着きながらも強い眼差しに、綱吉はただ、見蕩れ。
 その唇に、心に、魂に。触れる事を請うように、そっとまぶたを下ろした。


14/FEB/2008 了




綱吉さんの告白話。
うまくいったのか、いかないのか?微妙なところ。
でもこれから時間をかけて、二人はゆっくりとラブラブになるのです。
うちの二人の始まりは、こんな感じ。



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