十年後くらい?のできあがってるツナザン。


Sonni d'oro




 ぐらり。
 傾いだ男の身体を危なげなく支え、ザンザスは呆れたようにため息をついた。そのまま片手で寝台に放り投げてやれば、男は力を失った身体でシーツの上に抵抗なく転がる。スプリングの効いた寝台は常の頑丈さを発揮して、きしみもせずに主の身体を包み込んだ。
「……頭、グラグラする……」
「バカが。飲み過ぎだ」
「うん……」
 転がされたままの体勢でシーツに頭を擦り付けながら、綱吉は小さく頷いた。頬を赤く染めたその童顔を眺め、ため息をもうひとつ。
 ドン・ボンゴレ十代目の今年の誕生日は、どうやら酩酊した状態でフィナーレを迎える事になりそうだ。
 綱吉は、元々酒に弱いというわけではない。ただ、飲み慣れていないのだ。普段もザンザスが酒を飲んでいる横で、付き合い程度に口を付けているか、他の飲み物を飲んでいるか。

 ―――だから酔っぱらうんだ、このバカが

 眉間にしわを刻んだまま、ベッドに転がる男に心の中で叱責を。
 パーティーの主役、まして誕生日を迎えた大ボンゴレ十代目ともなれば、招待客との乾杯は引きも切らず続けられる。己の飲める量や酔い加減をわかっていないからこういう事になるのだとそう思い、ザンザスはまたひとつ、呆れたようにため息をついた。

 ―――だがまあ、仕方ねぇな

 若く穏やかでありながら絶大な権力を持つ十代目と、縁を繋ぎたい人間は大勢いる。そのいちいちを相手にしていたのだから、疲労の方も限界だろう。身内だけで行われるわけではないパーティーなど、所詮は政治の場に過ぎないのだから。
 その中で、笑みを絶やさず侮られる事もなく、けれど好意と敬意を相手から引き出していた姿は、なかなかに立派と言えた。ボンゴレ十世としての処世も、少しは身に付いて来たという事だろうか。
「ザンザス」
「……何だ」
「呆れてる?」
「まぁな」
「怒ってる?」
「怒っちゃいねぇ」
 肩をすくめてそう答えるザンザスを見上げ、綱吉は小さく何度か瞬いた。酔いのせいで眠気が訪れているのだろうか。幼げなその仕草にザンザスはふと、目を細めた。
 パーティー会場では十代目らしくしっかりとした様子を崩さなかったというのに、この部屋へ戻ってザンザスと二人きりになった途端、安心したのか一気に酔いが回ったようだ。酒にとろりと潤んだ瞳が、夢と現の狭間を漂っている。
「上着、脱がなきゃ……」
「あぁ?」
「シワになる、から……」
 相変わらず、小市民的なところは抜けていない。寝台からのろりと上体を起こして上着を脱ごうとする姿に舌打ちし、ザンザスは綱吉の身体から上着をはぎ取った。傍らの椅子にそれを放り投げ、用意されていた水差しに手を伸ばす。
「おら、水飲め、酔っ払い」
 グラスに注いだ水を一口含み、異常がないかを確認し、ザンザスは寝台の上の男にそれを突き出す。ぼんやりとした表情のままで受け取り、綱吉はおとなしく飲み下した。こくりこくりと小さな音を立てて、綱吉の喉仏が嚥下の度に動く。グラスから離れた唇は、水を含んで濡れていた。酒で血色の良くなっているその唇を眺め、ゆったりと瞬きをひとつ。とろり、潤んで常よりも濃い飴色を帯びた瞳が己を見つめ返したのを認め、ザンザスはその手からグラスを取り上げた。
「……大丈夫か?」
「ん」
 静かに問うと、子供のような素直さで、綱吉はこっくりと頷いてみせる。どうにか自分でネクタイを外し枕元へとそれを置く、そんな仕草もどこか辿々しい。今にも眠りそうなその様子を見やり、ザンザスはこの部屋へ入って何度目になるかわからないため息をついた。
「なら、さっさと寝ろ」
「眠くない」
「何言ってやがる、そんなツラして」
「まだ寝たくないよ……ザンザス」
 酔いに掠れた甘い声で囁くのに、舌打ちをひとつ。
「なら勝手に起きてろ」
 苛立ちを含ませてそう言い放ち、ザンザスは鼻を鳴らしてきびすを返した。その背に、慌てたような声がかかる。
「ザンザス!」
 肩越しに振り向けば、寝台の上に身を起こした綱吉が、捨てられた子犬の風情でザンザスを見つめていた。
「え、まさか帰っちゃう、の?」
 酔いに潤んだ瞳が、心許なげにザンザスを見上げている。それを斜め上から傲然と見返して。
「あぁ?んなに酔っ払ってんのに、ヤる気かてめぇ。もっと酔いが回るぞ。吐いても知らねぇからな」
 小馬鹿にした口調で言い放てば、綱吉の唇が小さく尖った。
「別に、そんなんじゃなくて」
「何だ」
「……誕生日、なんだし。一緒にいてくれても」
 呟くように落とされた言葉に、ザンザスは鼻を鳴らす。
「もう日付変わってるだろうが」
「わかってるよ、そんなの。でも、一緒にいて欲しいのに」
 焦れた子供のような口調になった綱吉が、ザンザスは内心おかしくて仕方ない。本当に帰るとでも思っているのだろうか、この男は。パーティーが終わり、どうやら酔っているらしき綱吉を、その片腕の獄寺を退けて部屋まで送り届けてやったというのに。それを放って帰ると、本気で思っているのだろうか。
 いくら酔いのせいで頭が回らないとは言え、まったく鈍い。鈍過ぎる。超直感などというものを持っているくせに、妙なところが鈍感なのだ、このボンゴレ十代目は。
 ……そんなところがまた可愛い、などとザンザスが内心思っている事は、決してさとらせてはならない機密事項だが。
 口元が緩みそうになるのを抑え、ザンザスが子供っぽく尖ったその唇を眺めていると。
「……それに」
「あ?」
「……それにザンザス、まだおめでとう言ってくれてない」
「それがどうした。プレゼントならくれてやっただろうが」
 軽く鼻を鳴らして言い返すと、綱吉は泣き出す寸前の幼子のように、くしゃりと顔を歪めた。
「もらったけど……お祝い、言って欲しいよ」
「つまらねぇ事言ってねぇで、さっさと寝ろ」
 子供のようにぐずる綱吉を、今度こそ無理矢理に寝台へ押し込める。乱暴なその行為も、スプリングの効いた上等な寝台は柔らかく受け止めるだけだ。転がされて呻く綱吉の身体に、上掛けを巻き付けるようにしてしっかりと包んでしまう。
「ザンザスー……」
「いつまでも寝言ほざいてんじゃねぇぞ、酔っ払い。おら、寝ろ」
「おめでとう、は?」
「うるせぇ」
 眉間のしわを深くして言い放てば、綱吉はしゅんと口をつぐむ。包まれた上掛けの中でもぞもぞと動きながら、とろりと眠りの色をまとい始めた瞳を瞬いて。
「傍にいて、ザンザス。一緒にいてよ……」
 囁く小さな願い事は、半ば夢の中だ。甘い掠れ声はどこか、閨での濃密なひと時を思い出させるが、それを口にした本人は既に眠りの淵に沈もうとしている。
 そんな様子を眺め、ザンザスは先ほどまで装っていた不機嫌な顔付きから一変し、淡く唇を緩めた。
 常よりもはるかに酔っていたせいだろう、いつになく子供っぽい事ばかり言う綱吉のわがままはいっそ可愛い程で。

 ―――……ったく、ガキが……

 それでも、その可愛いわがままを素直に聞いてやる程には、ザンザスも大人ではないのだ。
 酔いに染まった綱吉の頬に指の甲を滑らせ、規則正しい寝息の洩れ始めた唇に、掠めるような接吻を落とす。綱吉の吐息からアルコールを感じる事など珍しく、ザンザスはどこか不思議な気分になった。違う人間の吐息を吸い込んでいるような、けれど顔を見れば、そこにあるのはいつも通りの幼げな眠り顔。その頭を軽く撫でてやり、男はゆっくりと寝台から身を離した。
 この綱吉の寝室に、ザンザスの為だけに用意されている、彼の気に入りの酒。そのボトルとグラスを手に、再び、眠る綱吉の傍へと戻る。ベッドサイドのテーブルにボトルを置き、琥珀の酒を注いだグラスを手に寝台に腰掛ける。広く頑丈な寝台は、ザンザスが腰掛けてもさして沈み込むわけでもなく、綱吉の眠りを妨げはしなかった。
 ほんのりと赤みを帯びた琥珀の酒を唇に含めば、柔らかくも華やかな、豊かに広がる甘い香り。果実のような蜂蜜のようなそれにスパイスの香りが絡み付き、舌にはまろやかな苦みがゆったりと広がっていく。ザンザスの好むこの銘柄のウイスキーを、肌を合わせる仲になってからというもの、綱吉は寝室から切らした事がない。いじらしいと言おうか、或いは抜け目がないと言うべきか。ザンザスには判断に迷うところだ。
 そんな男の寝顔を眺めつつグラスを傾け、ゆったりとその味わいを楽しみ始めると。
 聞き取れない程の小さな声で、綱吉が何事かを寝言で呟いた。意味どころか、音さえも聞き取りづらい程のそれを呟いた唇は、けれどゆるく笑みの形を作っている。それを眺め、誘われたようにザンザスも唇に小さな笑みを浮かべた。眠る男の前髪を軽くかきあげ、現れた額にそっと静かに接吻を落とす。
「……Sonni d'oro……」
 触れさせたままの唇から、吐息だけの囁きを零す。

 ―――黄金の、夢を

 幼い子供におやすみの接吻と共に与える常套句のようなその言葉が、何故か突然に唇から零れて落ちた。それは今夜の綱吉の様子があまりにもいとけなかったからなのか、或いは。
 思うともなしにそんな事を思っていると。記憶の隙間から、幼い日の甘く柔らかな何かが、香るようにして立ちのぼって来る。
 己のものではない、くたびれたブランケット。陽光の明るさをまとった男の匂い。穏やかでありながらも力強いその気配を感じて目を開けようとしているのに、眠くて眠くてどうしても目が開かない。すると、額に優しい接吻が施されるのだ。黄金の夢を、と。慈しむような囁きと共に。
 幾度も、そんな事があった。
 そしてそのうちの幾度かは、額をくすぐるのがチクチクした無精髭ではなく、ふっさりと豊かな口髭だった気も、するのだ。それと共に、年老いて乾いた指先に頬を撫でられた気すら、する。さだかではない、夢うつつの遠い記憶。
 じわりと胸の奥を暖めるそれは、同時にそこに埋まった棘を痛ませもするけれど。
「ザ……ザ、ス……」
 物思いに耽るザンザスの意識を、かすかな呼び声が引き戻す。むにゃ、と寝言を続ける綱吉に笑い、男はゆったりとグラスを傾けた。酔う為でなく楽しむ為に唇に運んでいる酒は、グラスの中で穏やかに丸みを帯びてザンザスの舌に絡み付き、喉に熱を与えながら滑り落ちて行く。心地良いそれに、紅い瞳を細めると。
「ん……ザンザスー……」
 寝言のくせにあまりにも甘い囁き声が男の名を呼び、声の主はシーツの上、ゆるく指を彷徨わせている。その指は案の定、ザンザスの指先に辿り着くとゆるやかに絡み付き、そのままそっと骨張った指と形の良い爪を握りしめた。
「……起きてんのか?」
 いぶかしげにそう問えば、返って来るのは深く静かな規則正しい寝息だ。

 ―――夢の中まで、か……

 幸福そうなその寝顔を見つめ、ザンザスはふと紅い瞳を伏せ、一口、酒を含んだ。
 一緒にいてと甘ったれた、先ほどの綱吉の言葉が耳に甦る。あの様子では明日、自分が何を言ったかも覚えていないかもしれないが。目覚めた時に自分が横で寝ていたら、どんな顔をするだろうかと、それを考えてザンザスはクッと喉奥で笑いを噛み殺す。
 驚いて、ただでさえ丸く大きいあの瞳を更に大きくしてから、ゆっくりと笑み崩れて。そして、おはようの接吻を雨のように降らせるのだろう。
 捕らえられたままの指先、それを捕らえる男の指を、そっと静かに握り返す。ずいぶん大きくなったものだ、などとそんな事を考えながら。
「……綱吉」
 小さく、名を囁く。起こさぬように、そっと。
 握った手を離せないのは、一体どちらなのだろう。静かに閉じられた瞼を眺めながら、ザンザスは思う。
 綱吉か、己か。
 答えなど、とうに知っている気がした。
 二度と誰の手も取らない、望まない、と。そう思っていた己が、今こうして綱吉の傍らにいるという事実。決して失えないものが、この指で繋がっている。その事こそが、全てだ。
「誕生日、おめでとう」
 先ほどは意地悪をして告げてやらなかった言葉を、寝顔に囁く。その言葉は舌の上、何故か飴玉のように甘ったるい。こそばゆいような気持ちでその甘さを舌の上で転がし、握り返した指先に、ほんの少し力を込める。
 来年も、その先も。
 互いの生命が続いているのならば、こうやって共に過ごして祝ってやりたいと、そう願う。
 お祝いを言って。帰らないで。傍に居て。そんな子供っぽいわがままも全て、また来年にも言わせたいのだ。自分にしか言わない、そんな小さくて可愛いわがままを。叶えてやるのもやらないのも、自分一人だ。他の誰にも、その権利を渡すつもりはなかった。
 ……他の誰にも、決して。
 そう、願うように心の内で繰り返し。
 安らかな寝息をつく間の抜けた酔っ払いの寝顔に、ザンザスはもうひとつ、優しい接吻を落とした。


16/NOV/2007 了




綱吉さんお誕生日話。
書き上がったのが誕生日から一ヶ月以上過ぎてるのはご容赦下さい。
酔っ払いに手を焼きつつ、ちょい意地悪もしちゃうボスちゃん。
ボスには、誰かに大事にされるのと同時に
誰かを心底大切に思えるようになってほしいなあ。
そんな、願望。



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送