十年後くらい?のできあがってるツナザン。ザンザス視点。







 ボンゴレ屋敷の奥の森、鬱蒼と木々が茂るその更に奥には、美しい湖がある。鏡のような湖面に緑と青空が映り込む様は、この世のものとも思えない程で。滅多にその光景を見る者がいない分、ますますその純粋な輝きを増していくようだ。

 と、いうような話を目の前にいる男にしたわけなんだが。
 それはそもそもこの男が『この屋敷で暮らして結構経つけど、玄関と執務室と寝室以外の場所の事、未だによくわかんないんだよね。広過ぎるし。忙し過ぎるし。大体、敷地の中に森とかあってもう、地理がどうなってるかさえもわかんないよ』などと、突然言い出したからだ。なるほど、確かにこの男がこっちへ来てからというもの、仕事に忙殺されている事は確かだ。
 だがしかし。
 マフィアのドンともあろう者が、自分の住んでいる屋敷の正確な間取りくらい頭に叩き込んでいなくてどうする。敵襲があった時に迎え撃つ最適な場所は。クーデターが起きた時の逃亡経路は。そう説教してやろうと口を開いたが、結局、全部のセリフを言い終わる前にやめた。『でも、その時にはお前が守ってくれるでしょ?』なんて馬鹿な言葉を、間の抜けたニヤけ面で言い放ちやがったからだ。説教する労力が馬鹿馬鹿しい。まったく、どうしようもねぇ野郎だ。んな事、確認するまでもねぇだろうが。ニヤけた面で見つめるんじゃねぇ。こっちにまでニヤけが伝染る。
 で、だ。
 森の中に足を踏み入れた事がないというこの男に、森の奥に湖があるという話をしてやったわけだ。息抜きに散歩しに行くには、ちょうど良いだろう。……実はガキの頃のオレの気に入りの場所だったという事は、教えてやるつもりはないが。『へえ、そんなところがあるんだ……ザンザスも子供の頃、そこで遊んだりしたの?』『いや、湖に行くのは禁止されていた』『え、何で?』『深ぇから、ガキが一人で行くのは危ないって理由でな』『ああ、そっか。そうだよね』童顔が深々と頷き、次いでことりと首を傾げる。『え、じゃあどうして知ってるの?』『家光に連れて行かれた』そう、家光がオレを何度もあの場所に連れて行ったからだ。こんなに綺麗な場所が近くにあるのに、見に来ないなんてもったいないぞぅ、とか何とか言って。ただし、一人では絶対に行かない約束をさせられて。それを破って一人で行ってた事がバレた時、滅多に怒らない家光が本気で怒ったのをよく覚えている。
 そんな事を考えながらふと視線を向けると、何故か男の表情が変わっていたというわけだ。何なんだ、一体。
「何だそのツラは」
 半眼閉じて、唇が尖っている。
 何だこりゃ。
 睨んでんのか?
 それともアレか。新手のキスのねだり方か?……可愛いじゃねぇか。
 仕方ねぇ、キスしてやろうと男の方に身を乗り出しかけたら、尖ったままの唇が言葉を洩らした。
「……ずるい」
 あ?
 何がだ。
「ほんっと、ずるいよ」
 ……何だ。自分の親父が、ろくに家に帰らないくせにオレと遊んでたってのが気に喰わねぇのか。仕方ねぇだろ、奴がこっちに居たのは仕事のせいだろうが。それに、あの頃オレにまともに構う大人なんざ、家光くらいだったんだ。
「うるせぇな。家光が日本に帰った時には、てめぇだってどっか連れてってもらったんだろうが」
 片目を眇めてそう返すと。
「違う!そっちじゃないよ!」
「……あぁ?」
 つくづく、訳がわからねぇ。何がそっちで、どっちがこっちだ?
「そっちじゃなくて!父さんばっかりザンザスの小さい頃知っててずるいって言ってるの!」
「……あ"?」
 しまった、やたらとガラの悪ぃ声になったかも知れねぇ。……だが、知るか。訳わからねぇ事言うこいつが悪ぃ。
「だから。オレの知らない子供の頃のザンザスの事をさあ、父さんばっかり知ってるのって、ほんとずるいよ!オレだって、ピ、ピクニック、とかさ」
「うるせぇ、知るか」
 感想を端的に述べると、男はぐっと口をつぐんだ。それでも相変わらず、唇が尖ってやがる。畜生、可愛いツラしてんじゃねぇ。
 しかし、こいつの言う事はさっぱりわからねぇ。家光ばかりがオレの子供の頃の事を知っているって、当たり前じゃねぇか。その頃この男はまだ赤ん坊か、チビっちぇぇガキだったはずだ。その頃のこいつがオレの事なんざ知っててたまるか。
 ふん、と顔を背けると、懲りずにまた口を開く。
「オレだってザンザス連れて湖行ったりとかさぁ……」
 ぶつぶつぐちぐち、何か言ってやがる。訳がわからねぇ事ばっか言いやがって、鬱陶しい野郎だ。
 鬱陶しい。
 面倒くせぇ。
 だが、その鬱陶しくて面倒くせぇのが、嫌じゃねぇ。
 不思議な事に、な。
 背けていた顔を戻すと、男は唇を尖らせたままでまだぶつぶつ言っている。本当に、何だってんだ。拗ねてんのか?何なんだ?こいつの考えてる事が訳わからねぇのはいつもの事だが。とりあえず、そのうるさい口を閉じさせる為にオレは身を乗り出した。尖ったままの唇に、キスをする。
「……っぶ」
 喋ってるところにいきなりキスしたからか、男の唇から妙な音が洩れた。あまり大きくないその口を、食むようにして覆ってやる。軽く音を立てて唇を離すと、すぐに向こうも軽いキスを返してくる。
 ……くすぐってぇ。
 身を離すと、さっきまで尖ってた唇が、またニヤけた面に戻っていた。何なんだ、この変わりようは。
「へへ」
 ニヤついてんじゃねぇっつうんだ。そんな面眺めてると、こっちまでニヤけるって言ってんだろうが。
「ねえ、ザンザス。オレ、良い事思いついた」
「……何だ」
「今度さ、二人とも仕事がオフの日にさ、その湖に連れてってよ」
「あぁ?」
「バスケットにパニーノと果物と、ザンザスの好きなワイン入れて持って行こう?ちょっとしたピクニックみたいな感じで」
 ……ふん、悪くねぇ。
「ヴィーノは赤と白、両方だ。フォルマッジオも持って行くぞ」
「うん、ザンザスの好きなの持って行こうね。湖畔で一日デートだよ、ザンザス」
「ぶはっ!何だそりゃ!」
 また訳のわからねぇ事言い出しやがった。だがまあ、さっきまでの拗ねた面じゃなくなった。とりあえず機嫌は直ったらしいな。……何で拗ねたのか、未だにさっぱりわからねぇが。こいつが何考えてるかわからねぇなんて、いつもの事だ。
 それより、今は。
 久々にあの湖に行く、それを思うと柄にも無く気分が浮き立った。まして、バスケットに食い物入れてピクニックなんて。ガキの頃、家光に連れて行かれて以来だ。
 まったく、何だっていつもこいつは、オレが思いもしないような事を言い出して驚かせるんだ。
 あの、気に入りの場所で。湖畔でデートだと?
 ……悪くねぇ。
 まったく悪くねぇ。
 つい顔が綻んだ。唇が緩むオレの顔に、奴も笑いかけてきやがる。畜生、何だってこう、胸の奥があったけぇような気分になるんだ。緩んだ唇のまま、もう一度、身を乗り出してキスをする。そしてゆっくりと額を合わせて。
「湖畔でデートだ?……悪くねぇぞ、綱吉」
 その明るい茶色の瞳をのぞき込んで囁けば、男はとんでもなく幸せそうな顔で笑み崩れた。ったく、マフィアのドンともあろう者が、そんな蕩けたツラを晒すもんじゃねぇぞ。
 ……まあ、そんな説教は、後回しにしといてやるけどな。



12/SEP/2007 了



拍手のお礼用に書いた文章。
ザンザス視点で、甘ったるい感じにしてみたかった。
というか、口には出さないけど、ザンザスだって色々考えているんだよ、というお話。




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