数年後の綱吉とザンザス。と、更に数年後のできあがってるツナザン。







 ほんと、別世界。
 ぐるっと周囲を見渡して、オレは改めてそう思った。何なんだよこの高ーい天井は。そこに煌めくバカでかくて豪華なシャンデリアは。しかも広い、広過ぎる。うちの学校の体育館より広いんじゃないか?この部屋……広間っていうのかなあ。
 ああ、体育館とか考えたら、先週の体育であったバスケの試合思い出しちゃったよ……。ぶつけた肘がまだ痛む。あの時のチームの皆、ダメツナでごめんなさい。いつもの事ながら。
 そんな事を思いながら見回してるこの部屋では、現在パーティーの真っ最中なわけで。生バンドは演奏してるし、ごちそうはいっぱい並んでるし、給仕の人はきびきびした動作で飲み物をあちらこちらに運んでる。そんなパーティー会場内で酒を片手に談笑している人々っていうのは、大半がいわゆるマフィア関係者なわけ、で……。
 もうホント、何でオレここにいんの?!って聞きたい気分。手に持ったプレゼントの包みを握り直して、オレは小さくため息をついた。はるばる日本からこの場所に、問答無用でオレを連れて来た父さんには、心の中で悪態を。
 ほんとオレ、どうしてこんなところに居るんだろう。
 よりによって、あのザンザスの、誕生日パーティーの会場に。



Bacioni!!





 何の前触れもなく父さんがうちに帰って来たのは、先週の事だった。まあ、いつだってこんな風に唐突だから、その時は『あ、帰って来たんだ』くらいにしか思わなかったんだけど。
 いつも通りに浴びるほど飲んで、ご飯を山のように食べて、すんごい寝相で大いびきをかいて寝てた父さんが、翌朝オレに言った一言。『あ、ツナ。明後日からイタリア行くからな』いや、普通は父さんだけが仕事でイタリア行くんだと思うじゃん、この場合。明後日からって。ねえ?
 だからオレも普通に『へえ、そう』って返したんだけど。『チケットはとってあるから、荷物だけ用意しとけよぅ』って父さんが言ったところで、はたと気がついた。
 まさかまさかまさか。でもそんな。
「ちょ、オレも行くのー?!」
 オレの悲鳴に構わず父さんは、鼻歌うたいながら朝飯食べにキッチンに行っちゃって。後に残されたオレに、小さな家庭教師は相変わらず読めない表情のまま、
「よかったな、ツナ。九代目によろしく伝えとけよ」
 サラリとそう言って、オレのイタリア行きを決定したんだ。

 で。

 呆然としてる間に母さんやランボ達に見送られて、オレは父さんと二人、イタリアへとやって来たというわけ。
 飛行機で十二時間。
 既に何度か連れて来られてはいるけど、毎回着く度に我に返るんだよね。
 何でオレ、ここにいるの?って。
 当然のように連れて来られたボンゴレ本部の一室で荷物を解きつつ、改めてオレは首を傾げていた。今回は一体父さんは、何のつもりでオレの事連れて来たんだろ?屋敷の中もなんか騒がしいし……何かあるのかな。まぁいいや。オレには関係ない関係ない……少なくとも、今はまだ。
 気楽に気楽に、と口の中で唱えながらクローゼットを開けると、そこにかけられていたのはスーツ一式。服なんてさっぱりわからないオレが見ても、これすごく上等なのじゃないですかってわかるくらいの。しかも大きさ的に、なんかその、オレサイズっぽいんです、けど……。イヤな予感に、血の気がだんだん引いていく。何これ!何これ!何が起こるワケーッ?!
 パニックを起こしかけたオレの耳に、ドアが豪快に開かれる音と、色々とお構い無しな父さんのでっかい声。
「ツナー!支度できたかー?!」
「支度って何の?!」
「九代目に到着の挨拶」
「このスーツって、その為なワケ?」
「ん?」
 オレが突き出したスーツを見てきょとんとした父さんが、次いで大きく笑い出す。
「何言ってんだツナ。そのカッコのままで構わんぞぅ」
「……じゃあこのスーツ、何なんだよ」
「え?パーティー用に用意しといてくれたんだろ」
 あっさり、はっきり、事もなげに。
「……パーティーって?」
「うん?だから、ザンザスの誕生日パーティー」
「んなぁぁぁっ?!」
 何それ、オレの聞き間違い?!
 ザンザスって言った?!
 誕生日パーティーって言った?!
「あれ?言ってなかったか?」
「聞いてないよー!!」
「はっはっは、ごめんな〜、言い忘れてた!今回は久々のザンザスの誕生日パーティーなんでな、お前も是非にって九代目から言われてたんだが。そっかー、言ってなかったか」
 呑気な父さんの言葉に、オレの両肩はがっくり落ちた。
 何で、オレが、ザンザスの。
 よりによって、誕生日パーティーに。
 あの人と命がけで戦ったのって、まだほんの数年前なんですけど。多少は慣れて来たとは言え、いまだに会うとものっすごく緊張するんですけど。つーか怖いし。
 そんなオレの心の叫びなんて、父さんには聞こえてるはずもなく。ザリザリとヒゲを擦りながら、父さんは首を傾げてオレを眺めた。
「じゃあツナ、プレゼントも用意してないのか?」
「はっ?」
「用意しないと、パーティー参加できないぞぅ」
「へっ?」
「ちゃんと当日までに買っとけな」
「ちょ、当日っていつ?!」
「んー、十日」
「今って八日の夜なんだけど?!」
「ん。だから、明日中には用意しとけよぅ」
「何だそれぇぇぇ?!」





 ……と、いうわけで。
 オレは今、ザンザスの誕生日パーティーの会場にいるわけなんだけど。正直言って、途方に暮れている。父さんはここに来てすぐに、昔の知り合いかなんかを見つけてどっか行っちゃうし。周りにいるのは知らない人ばっかり、それもマフィアだの大物政治家だの、とりあえず怖いから目を合わせたくないような人達ばっかだし。
 あー、何だこの状況。
 着慣れないスーツの襟元に指を差し込んで引っぱりつつ、オレは大きくため息をついた。
 大体、九代目も父さんも、変なところでザンザスの事甘やかし過ぎてると思うんだけど。二回も自分を殺そうとした息子の誕生日パーティーを、その数年後にはまた盛大に開催するって、何なんだ。こういう、妙にズレてるところもザンザスとの諍いの原因になるんじゃないのかなあ。積み重ねって、大事だけど怖い。
 そんな事をとりとめもなく考えながら、ふと目を上げると。
「シケたツラしてどーした、ツナ」
 明るく、どこまでも爽やかな声が軽い調子でオレの名を呼んだ。いつもと違うスーツ姿でびしっと決めたその人は。
「ディーノさん!」
「よお、久し振りだな」
 相変わらず、嫌になるほどの美形ぶり。いつものように、ロマーリオさんが後ろに控えてる。いつものラフな服装と違って、正装してるこの姿もまた、ちょっと引くくらいかっこいいなあ。性格がこうじゃなかったら、ホントに嫌味なくらいのイイ男なんだろうけど。
「おまえも来てるとは思わなかったぜ。もうザンザスには会ったのか?」
「や、その……」
 まだ、ですけど……。
 消え入りそうな声で呟くと、ディーノさんはあの、人好きのする爽やかな笑顔でニッと笑ってみせた。
「んじゃ、一緒に会いに行くか。あっちにいるぜ、あいつ」
 や、ちょ、待って待って待ってディーノさん。オレまだ心の準備がっていうか急に見ると心臓に悪いんだよあの人の顔は!いやとりあえず深呼吸させて深呼吸!
 心の叫びもむなしく、ディーノさんにがっしりと肩を組まれて、オレはズルズルとパーティー会場を引きずって連れて行かれる。気分はそう、アレだ。ドナドナだ。市場に売られて行く子牛だ。
「どーかしたか、ツナ?あ、ほらいた」
 ディーノさんの言葉に、覚悟を決めて顔を上げる。
 視線を吸い寄せられるみたいにオレの視界に飛び込んで来たのは、悠然と脚を組んで椅子に腰掛けてる不機嫌な顔。頬杖突いてる手の脇で、むすっとねじ曲げた厚めの唇が気怠げにため息をついたのがわかった。どこからどう見ても『めんどくせぇ』って全身で表してる感じ。……まあ、自分の為のパーティーとは言え、これは疲れるだろうけどさ。
 どこか違う方を眺めていたザンザスの瞳が、ふとこちらを捉えた。

 鮮やかな紅の瞳が、オレを射抜く。

 瞬間、パーティー会場の喧噪が、オレの周囲から遠ざかった。傍らにいるはずのディーノさんの事さえも。
 この世にただ、オレとザンザスだけが存在するような、そんな感覚。
 炎のような熱さをたたえた視線に刺し貫かれ、身じろぐ事もできない。しっかりと絡み合った視線を逸らす事すらできずに、オレはただ、ザンザスを見つめ返していた。
 ……時間にすれば、ほんの一瞬だったのかも知れないけど。
 周囲の喧噪が耳に戻ってきて、オレを我に返らせてくれた。それと同時に、オレを縛り付けていた紅い瞳が、一瞬だけ不思議そうなきょとんとした表情になって。次の瞬間、射殺されそうな程の鋭い目付きでオレを睨みつけて来た。
 ……うわあ。
 さっきから激しく打ち始めてる心臓が、ぎゅっとすくみ上がる。いやもうホントあの人、視線だけで人を殺せる。つーか実際、今オレ殺されそうだもん……。
 さっきのザンザスの表情の変化にセリフを付けたら、きっとこんな感じ。『あ?……何でてめぇがここに居やがるこのカスが……!』実際言われそうで怖い。
 鋭い視線を送り続けるザンザスの瞳から、やっぱり相変わらず目が離せない。怖いんだけど、それでもずっと見つめていたいような、妙な感覚。
 いつもこうだ。
 ザンザスと顔を合わせる機会なんて滅多にないけれど、その時にはいつもこの感覚に陥る。
 理由なんてわからない。
 けれど、もしかしたら。この感覚が恐ろしくて、顔を見るのが怖いのかもしれない。
 視線を外せないままに、ディーノさんに引きずられてザンザスの前まで連れて行かれる。目の前まで来たオレを上から下まで眺め回して、唇を歪めて鼻で笑うと(ねぇこれどーゆーイミ?!)ザンザスは視線をディーノさんに移した。……オレに向けてたよりも少しは柔らかい、けれど充分過ぎるくらい鋭い視線を。
「よ!誕生日おめでとう!相変わらず不機嫌な顔してんな、ザンザス」
 さすがディーノさん。
 そう言いたくなるような爽やかさで、ディーノさんはザンザスの不機嫌な顔なんて気にもならないみたいに、その身体に腕を回した。ぎゅっと抱き締めて、ごく自然な動作で、傷痕の残る頬にキスをする。
 ……うん、キス、してた。
 いや、友人にするような軽ーいキスだけど。チュッて。男同士でも、挨拶で頬にキスってするもんなのかな?それともディーノさんが、天然で過剰なだけ?
 オレは硬直したまま、その光景を眺めてるだけだ。
 何でだろう、胸のあたりがざわつく。
 別に嫌がる素振りも見せず、ただいつものように眉間にしわを刻んでるザンザスに、ディーノさんがあれこれ話しかけている。
「主役がこんなすみっこに居ていいのかよ?」
 からかうように笑いかけながら、ディーノさんはザンザスにグラスを手渡した。そのまま、自分の手にあるそれを軽く掲げて何かをザンザスに囁いて。顔をしかめるザンザスに微笑みかけてるディーノさんを眺めて、オレはぼんやり考えていた。
 ……ディーノさん、よくあんなに怖い顔で睨みつけて来る人に、キスとかできるよなあ……。
 ちょっと感心するよ、うん。日本とは習慣が違うからってのもあるかもしれないけど、すごいと思う。付き合いの長さの違いもあるのかなあ。ディーノさん、ザンザスの目付きの悪さとかも全然気にしてないみたいだもんね。
 オレには無理だなあ、どう考えても。あのキツい瞳に間近で睨まれる事を考えたら、抱き締めたりキスしたりなんて、とてもじゃないけど考えられないよ。いや、オレの国ではそんな習慣ないから、ザンザスにキスするなんて一生有り得ないんだけどね。
 どうでもいいようなそんな事をダラダラ考えていたら、ディーノさんがパッとこちらを振り返った。
「ツナもザンザスにお祝い言ってやれよ」
 え。あ。
 二人が喋ってるの見て、つい物思いに耽ってしまった。そういえば、オレまだザンザスと口きいてなかったっけ。うん、睨まれただけだ。
「ええと、その」
 じろり。
 そんな音が聞こえそうなくらいの鋭い瞳が、オレに向けられる。横にはディーノさんの爽やかな笑顔。
 ああ、なんて好対称な二人。
 しかもビジュアル的にも、全く方向性の違う美形が二人だ。圧倒されちゃうよね。
「その、誕生日おめでとう、ザンザス」
 そう言うオレに、ザンザスは無言。あれ?えーと、会話のキャッチボール……いや何でもありません。
 オレがお祝いを言った事で満足したのか何なのか、ディーノさんはニッと笑って、
「じゃ、オレは九代目のじいさんに挨拶して来っかな」
 ザンザスの傍を離れようとする。あ、じゃあオレも、とついて行こうとしたって言うのに、この人は!
「ツナ、また後でな。ザンザス、オレの可愛い弟分をあんまり苛めんなよ」
 そう言葉を残して、立ち去ってしまったんだ!ちょ、置いてかないでよディーノさん!
 後に残されたのは、不機嫌な顔したザンザスと、どうすればいいのかわからないオレ。何だろう、この取り合わせ。
「……えーと、久し振り、ザンザス」
 話しかけたら、ちらりとこちらに視線をよこした。まるっきり無視ってわけでもないんだな。
「なんか、すごいパーティーだね」
 周囲を見回して言うと、ザンザスは鼻先で笑った。
「本物の息子でもねえ人間の為に、こんな馬鹿騒ぎするたぁ、あの老いぼれもおめでてぇ頭してやがる」
 そう、返して来るザンザスの瞳が。
 あの指輪戦で時折見せた、どこか寂しげな色を宿した瞳だったから。
 ……まったくもう。
 あの時には、その瞳の意味なんてわからなかったけど、色んな事を知った今では、わかるようになっちゃったんだもん。放ってなんて、おけないよね。
「でもさ」
「あぁ?」
「血が繋がっていなくても、おまえが九代目の息子である事に、変わりはないでしょ?」
 この言葉、間違っていないよね?……それに、あの時。九代目が伝えようとしてた事には、この思いも含まれていたんだ。その事を、うまくザンザスに伝えられる自信はないけれど。
「……ふん」
 また小さく鼻を鳴らしてるけど、ザンザスの瞳はさっきより少しだけ穏やかになった。……ような気がする。うん、気がするだけだってわかってる、うん。
 そんなザンザスを見てほんの少し気が緩んだら、手の中の包みに気がついた。そうだ、プレゼント。
「そうだ、ザンザス。これ」
「あ"?」
「ええと、一応、プレゼント。全然大したものじゃないんだけど」
「ハッ!だろうな」
 ……返せ。
 オレのなけなしの小遣いで買ったそのプレゼント、返せよー!……なんて事はもちろん、口に出せるはずもなく。あー、しかしやっぱりって言うか何て言うか、ありがとうって言わないんだなあ、この人。いや、言って欲しいわけじゃなくて。人としての基本だろー?とか思うんだけど。まったく親の顔が見たいよ。見てるけどさ。
 そっぽ向いてるくせに、オレからのプレゼントは手に持ったまま。何だろう、なんか……嬉しいような悔しいような、変な気分だ。
 ザンザスの口からお礼なんて、絶対に出ないとは思うけど。じゃあ代わりに何か、なんて思うのは子供っぽいかな。
「ねえ、ザンザス」
「あぁ?」
「四日後がオレの誕生日なんだけど」
「で?」
「オレもあげたんだし、何かくれないの?」
 我ながら、よく言えたと褒めてやりたい。だんだん緊張感が解けて来たってのもあるけど。
 オレの言葉にザンザスは、紅い瞳を剣呑に細めてみせた。
「何でこのオレが、てめぇごときに施してやらなきゃなんねぇんだよ、あぁ?」
「あのねぇ……」
 期待してなかったけどさぁ!でもさぁ!
 あんまりな物言いに、がっくり脱力したオレを見て、ザンザスはゆったりと脚を組み替えて唇の端を歪めて笑う。
「……ふん。言ってみろ」
「え?」
「くれてやりはしねぇが、聞くだけ聞いてやる」
 え。まさか聞かれると思ってなかった。
 予想外の展開に、オレの頭は思考停止だ。
 ザンザスの瞳が、どこか面白がるような光を浮かべてオレを見つめていた。いつもは上から見下ろされてるこの瞳が、今は座っているせいで、すくい上げるようにオレを見ている。その紅と視線がかち合い、ひとつ、心臓が跳ねた。
 ……オレ、やっぱりまだ、緊張してるのかな?
 軽く首を傾げながら、何が欲しいんだろうと考えを巡らせると。
 ふと、ザンザスの唇に目が行った。厚く柔らかそうなその唇が、ゆるく開かれている。その端に、何かがくっ付いてるのが見えた。
 ……食べカス?なわけないよな、この御曹司が。
 ああ、髪の毛だ。鮮やかな黄金色の。さっきディーノさんがキスした時に付いたんだろう、見えるか見えないか程度の細いそれ。
 考えるより先に、手が動いていた。
 指先が、唇の端に触れる。
 吐息と、唇の温度と、予想に違わぬ柔らかな触り心地。
 虚を突かれたような顔をしてるザンザスより、オレの方が驚いた顔をしていたかもしれない。つい、ランボ達の世話する時の習慣でやっちゃったんだけど。
 ……何だ、この感じ。
「何だ」
「え、あの、付いてたよ、これ」
 髪の毛を見せるとザンザスは軽く眉を寄せて、そのまますぐに興味を失ったようだった。
「……で。何が欲しいんだ」
「いや……やっぱり、いらないや」
「ハッ!このオレから施して頂こうなんざ、身の程知らずだってわかったかよカス!」
 そういうわけじゃないけど。
 でも、なんか。
「なんか、もうもらったみたいな気分になっちゃったから」
「あぁ?」
「……何でも、ないよ」
 何だろう、この気分。
 どうして胸が高鳴ってるんだろう。
 ……理由なんて、わかんないけど。
 訝しげな顔をしてるザンザスを見下ろしながら、オレはゆっくりと瞬いた。
 わかんないけど、でも。
 でも多分、確かに何かを。オレはもらったような気分になったんだ。





「……って事があったの、覚えてる?」
 甘ったるい笑みを浮かべた綱吉が、タイを解きながらザンザスに問いかけた。解いているタイは、己のものではなくザンザスの首にかかっているものだ。質の良い絹が、耳に心地良い音を立てて襟から抜かれる。
 男二人が乗ってもびくともしない頑丈な寝台の上、綱吉は今夜のパーティーの主役の衣服をゆっくりと乱している。着替えを手伝っているわけでは、もちろん、なく。その指先は衣服だけでなく、ザンザスの吐息も乱す目的で動いている。
 今日はあれから数年後の、ザンザスの誕生日だ。恒例のパーティーも終え、綱吉の部屋で二人きり。当然、なだれ込むのはベッドの上と決まったようなもので。
 そこで先ほどからずっと、綱吉が思い出話をしていたというわけだ。
「あんな頃もあったよねぇ〜」
 面映いような気分で照れ笑いをしつつ、綱吉が顔を上げると。
 ザンザスが、まさに射殺したいかのような視線で綱吉を睨み据えていた。唇からは、地を這うがごとく低い声。
「……てめぇはあの時、んな事考えてやがったのか」

 ―――うわっ

 さすがの綱吉も、背筋に冷たい汗が伝うほどの迫力だ。一気に周囲の空気が凍り付く。
「や、あの、唇に触ったのは、本当にやましい気持ちじゃなかったんだよ!本当だって!」
「そっちじゃねぇ」
「え」
 じゃあ、何が。綱吉の顔にそう書かれていた事が、ますますザンザスのカンに障ったらしい。クッと顎を上げ、半眼閉じて見下すような顔付きになり。
「キスしたくねぇんなら、するんじゃねぇよカス」
「ちょ、違うって!したいです。もちろん、今はいつだってキスしたいよ?」
「……ふん」
 当然ではあるが、この程度でザンザスの機嫌が直るはずもなく、ドン・ボンゴレは半ベソだ。情けない事この上ないが、元はと言えばいらぬ事まで話した己の罪。自業自得とはこの事だ。
 ザンザスが怒ってベッドから降りてしまわないだけ、まだマシというものだろう。
「仕方ないじゃん!あの頃はまだ、おまえに惹かれてるって自覚、なかったんだから」
 大焦りに焦ってそんな事を言ってみても、後の祭。シャツの前をはだけられた状態のザンザスは、半眼閉じて険悪な空気をまき散らしてる。そんな表情でさえも艶っぽい、などと見蕩れながらも、綱吉は言葉を紡ぐ。
「それに、今だからわかるんだけど。多分オレあの時、ちょっとディーノさんに嫉妬してたんだと思う。無自覚にね」
「……ディーノに?」
「うん。ザンザスと並んでも、全然見劣りしないディーノさんに。すごく自然にザンザスに触れる事ができるディーノさんに」
「何でだ」
 心底不思議そうなザンザスの様子に、綱吉は小さく笑った。

 ―――その理由がわからない、そんなところも好きだよ

「あんな風になりたいって、そう思ったのかも」
「……何だそりゃ」
「かっこ悪いよね、オレ」
「まったくだ」
 綱吉の意外な言葉に、ザンザスは怒りを削がれてしまったようだ。燃え盛るような怒気をはらんでいた瞳が、今は不思議な光をたたえて凪いでいた。己の上に身を重ねるようにして話している、綱吉の頬に指を伸ばし。
「おい」
 両手で、その顔を挟み込む。
「他の誰でもねぇ。てめぇがてめぇだから、今こうしてるんだろうが」
 強い光を宿した紅い瞳が、綱吉を見つめていた。その心までものぞき込むかのように。
「ザン……」
「わかってんのか?あぁ?」
 剣呑に細められた瞳は、けれど目元のあたりだけかすかに朱を上らせていた。それに気付いた瞬間、綱吉の中で何かが弾けた。勢いのままに、ザンザスをかき抱く。しっかりと鍛え上げられた筋肉質な身体を、抱きつぶしそうな強さで抱き締めて。
「あーもう!ザンザス!」
「苦っしいだろうがてめぇ!」
 喚く唇に、そっと接吻を落とす。柔らかでかすかに湿ったその感触。初めて指で触れたあの時には、こんな風に口吻ける日が来るなんて、綱吉は思ってもいなかったのに。愛しさが胸に渦巻いて、どうにかなってしまいそうだった。
「ザンザス」
「……んだよ」
「ザンザス」
「何だっつってんだろうが」
 接吻の合間に名を呼べば、唇を尖らせて、嫌々ながらといった風情でザンザスが答えを返す。鼻先を触れ合わせながら、綱吉は甘く微笑んで。
「お誕生日おめでとう、ザンザス」
 額に、こめかみに、まぶたに、鼻筋に、頬に、顎先に。ありとあらゆる場所に、接吻を降らせる。この唇が触れていない場所など、残さないように。キスの雨を素直に受け入れていたザンザスの瞳をのぞき込むと、綱吉はもうひとつ、唇に小さな接吻を落とした。

「……生まれて来てくれてありがとう、ザンザス」

 指先で頬を辿り、もう一度、軽く口吻ける。
「オレと出会ってくれて、ありがとう」
 甘い囁き声に、ザンザスは軽く眉をしかめた。
「最悪の出会い方だったがな」
「でも、出会えたその事が、オレはすごく幸せだよ」
 とろけそうな声が鼓膜をくすぐり、我知らず、ザンザスは頬をゆるめた。まったくこの男は、と、心の中で舌打ちをして。
「そうかよ。……ならオレも、そういう事にしといてやる」
 不機嫌を装った声でそう言い捨て、目の前の甘ったるい顔をきつく睨み据える。一瞬後、言葉の意味を解した綱吉の顔が笑み崩れるのを眺め。ザンザスはぶはっと噴き出して、愛しい男に熱烈な接吻を施してやったのだった。

 誰よりも大切なあなたが生まれたこの日に感謝を込めて。

 この世で一番愛しいあなたに、降り注ぐようなキスと、溢れるほどのハグを!

「ねえ、オレの事、こんなに幸せにしてくれてどうするの?愛し過ぎてどうにかなっちゃいそうだよ、ザンザス」
 蜜よりも甘いそんな囁きに、男はとろりと紅い瞳を細め。その柔らかな唇に、ゆっくりと笑みを刻んでみせた。それはこっちのセリフだ、と口には出さないままで。


8/OCT/2007 了




ツナザンお誕生日企画様に参加させて頂きました。
せっかくお誕生日なので、ラブラブで甘い話にしてみました。
ザンザスこえー、とか思ってるダメツナも数年後には
すっかりザンザスにメロメロのラブラブになるわけです。
何気にディーノさん初登場でした。
タイトルのbacioniとは、たくさんの大きなキス、という意味。
ツナザン二人共に、甘くて幸せで大きなキスが、限りなく降り注ぎますように。



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