数年後の綱吉とザンザス。Bocoloの数日後のお話。







「ザンザスって、なんか良い匂いするよね」
 そう何気なく口走って、思い切り蔑んだ目で見られたのがつい三分くらい前。眼差しの主は、いつものソファにいつものように長々と寝そべっている。最初にオレがこのボンゴレ別邸に来て顔を合わせた時と、まったく同じ姿勢だ。書類を読んでるところまで同じ。今日はローテーブルに置かれたお酒がウィスキーじゃなくてスプマンテだっていう、それが違うだけで。
 ザンザスのその姿を見てると、くつろいでる大きな黒猫を眺めてる気分になってくる。お気に入りの場所、お気に入りの姿勢。そうやってくつろぐ、黒い猫。育ちは良いけど、凶暴な。
 口には出さないけど、多分この部屋はザンザスのお気に入りだ。自分に用意された寝室じゃなく、気付けばこの部屋にいる。仕事してたりお酒飲んでたり、その両方だったりするけど。
 この、アドリア海に面した、天井から床までの大きな窓のある部屋。
 その部屋のこのソファに寝そべっているのが多分ザンザスのお気に入りなんだ。まあ、そんなザンザスがいるのをわかってて、わざわざこの部屋にやって来るオレもアレなんだけどね。
 で、その大きな黒猫は会話を続ける気がないらしく、オレを蔑んだ目で見た後は、また書類に視線を戻してる。会話のキャッチボールって何だっけ、忘れそう。でも続けるよ。空気悪くなるのヤだし。
「あ」
 のさ、と続けようとした声はザンザスに遮られた。本当に唐突だよなあ。会話のタイミング掴めません。
「そういうセリフは女に言え、気色悪ぃ」
「あ、ごめん……て違うよ!変なイミじゃなくて、香水とかつけてるの?って聞こうとしただけだから!」
「あ?」
 紅い瞳が訝しげにオレに向けられる。あー……眉間にすんごいシワ寄ってるよ。怖っ!
「え、だから、なんかつけてるの?って」
 もー。単なる会話なのに、何でこんなに怯えなきゃいけないんだオレ。
「当たり前だろ」
 今度は、訝しげって言うよりは不思議そうな表情。きょとんとした、って言ってもいいかも。そーゆー顔してるとなんか幼げで怖くないのになあ、もう。
 で、きょとんとしたままのザンザスに、あーそっかとオレは納得する。
「そっか、香水つけるの当然なんだね」
 外国の人だもんなー……ってのは妙な感想かな。
「……日本では違うのか」
「え、うーん……つける人もつけない人もいるって感じ?つけるのが常識、ではないと思う」
「へぇ」
 オレのクラスメートとかもつけてるけど、つけ過ぎて臭かったりするし。ザンザスみたいに香りをまとってるって感じの奴なんか全然いない。せいぜい獄寺君くらいかなぁ。
 だからつい、良い匂いだなぁなんて思っちゃったんだけど。
「なんかいいよね、その香り。すごくザンザスに似合ってる」
「合わねぇ香りつけるバカもいねぇだろ」
「……ですよねぇ」
 フンと鼻を鳴らして放り投げられた言葉に、肩が落ちる。はい、ザンザス様の仰る通りです。あーまたすごい馬鹿にした目でこっち見てるよ。いたたまれなくてさり気なく視線を逸らすと、ザンザスの手がグラスに伸ばされた。骨っぽくて形の良い指先が、霜のついたグラスを取り上げる。発泡してる淡い金色の中身を飲み干して、ザンザスは空になったそれを当然のようにオレに示してみせた。
「おい」
 ……はい、わかってます。注げ、ですよね。ボトル取るのもめんどくさいんですよね。注がせて頂きます。
 まったく、ここにいるとオレはザンザスの酒のお酌係みたいだ。
 注げ、作っとけ、注文しろ。
 ま、逆らえないオレもオレだけど。だって有無を言わせない何かがあるんだもん、この人。ワインクーラーに突っ込んでキリッと冷やしてあるスプマンテのボトルを取り上げ、ザンザスが持ってるグラスへと注ぐ。綺麗に泡を弾けさせるそれを眺めてると。
「家光はつけてるだろ」
「へ?」
「家光。昔から同じの使ってんじゃねぇか」
 あ、香水の話?まだ続いてたの?
 ていうか、父さんが?
 え、そうだっけ。オレの記憶にある限りじゃ、汗臭いか酒臭いかどっちかなんだけど。
 ……あ、まただ。なんか、胸の辺りがもやっとする。ザンザスが父さんの事を口に出すと、何でかいつもこうなる気がする。オレの知らない父さんを、ザンザスが知ってるから?いくらなんでもそんな子供っぽい……ねぇ?
 顔を眺めながらそんな事を考えてるオレに、嫌そうな顔をして。
「……ジロジロ見てんじゃねぇ」
 ドスの効いた低い声でそう言って、ザンザスはオレを睨みつけた。……いやホント怖いんで、その顔やめて下さい。
 あ。
 ほらまた、良い匂い。
 ザンザスの身体からふわりと立ちのぼってくる。香りがするって事は、体温が上がったって事?そっか、お酒飲んでるからか。
 朝会っても、昼出かける時も、夜に顔を合わせても。
 いつだってザンザスから漂うのは、この良い香り。
 既に鼻に馴染みつつあるこの匂いを、懐かしく思う時が来るだろうと何故か唐突にそう感じた。これって、超直感、なのかな?わかんないけど、でも。きっとそんな風に思う時が来る。
 だから、ザンザスに聞いてみた。
「ねぇ、ザンザスの使ってる香水、何て名前?」
「……何でんな事聞きやがる」
「いいじゃん、別に」
「……?」
 ちょっと不審げな目付きになりながらも、ザンザスが厚めの唇をゆるりと開く。気怠げなその動きを眺めながら、オレは改めて確信していた。
 きっと、この匂いが懐かしくてたまらなくなる。
 ……何故かは、わからないけど。
 まあ、肝心の香水の名前はと言えば、ザンザスの発音が良過ぎてオレにはさっぱり聞き取れなかったんだけどね。


19/JUL/2007 了




拍手のお礼用に書いた文章。
Bocoloの数日後なので、まだ全然できていません、な二人。




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