若家光と子ザンザス。
「prendersi una gatta da pelare」と「あらゆる他の〜」の間くらいのお話。



ほしにねがいを






 木陰で何やら作業をしている男を見つけ、ザンザスはことりと首を傾げた。今日も空は晴れ渡り、見事な快晴だ。気温はうなぎ登り。木陰にいれば涼しい風も通るだろうが、何故わざわざ外で作業をしているのか、あの男は。心地良い風の通り抜ける屋敷の内から外を眺めやり、ザンザスは眉間のしわを深くした。

 ―――何してやがんだ、家光

 訝しげなその視線に気付いたのか否か、男が手元から顔を上げ、ザンザスのいる窓へと目を向ける。あんな遠くからわかるわけもあるまい、と思ったその時。男の視線はしっかりとザンザスをとらえ。明るく破顔すると、ひとつ大きく手を振って、それから子供を手招いたのだった。




「んだよ」
 クソ暑ぃ、と唇を尖らせて毒づく子供に、家光は得意げな顔で手元を示してみせた。
「何だと思う?ザンザス」
「……」
 男がそこらじゅうに広げている色とりどりの紙は。
「オリガミ」
「あ、わかったかー!」
「馬鹿にしてんのか」
 わからないわけがない。
 ずいぶんと前の事ではあったが、家光本人が「日本の伝統文化だぞぅ」と言いながら嬉々として教えてきたのだから。もっとも、あっと言う間にコツを掴んだザンザスの方が作り方がうまくなり、ヘソを曲げた家光はそれ以上教えようとはしなかったのだが。それ以来だから、折り紙を見るのはかなり久しぶりになる。
「……でけぇな、紙」
「お前も手伝え!こう折って、このへんをこう切る……」
「へたくそ」
「そーゆー事は思っても言うんじゃないの」
 拗ねた顔にぶはっと噴き出し、ザンザスは言われた通りに紙を手元に引き寄せる。細い指が、丁寧に紙を折りはじめた。
「そうそう、そんな感じだ。巧いぞ」
「こんくらい誰でもできる」
「そうでもないぞぅ」
 家光の言葉に照れたのか、むすりと唇を引き結び。けれど先程からの疑問の前では、いつまでも口を閉じていられなかったらしい。紙から目を離さずに、家光に問う。
「何作ってんだ、これ」
 その言葉に家光はにやりと笑い。
「広げると、こうなる!」
 得意げにそう言って、切り込みを入れた折り紙を広げてみせた。一枚の紙だったものは網のようにしなやかに広がり、家光の両手の間でゆらゆらと揺れている。
「……それが?」
 じっとそれを見つめつつ、ザンザスは首を傾げる。だから何だと言うのだ、この男は。
「何だ〜、覚えてねぇかなザンザス〜」
 昔、話してやったと思うんだけどな〜。そう続け、男は両の眉尻を下げた。
「だから何が。意味わかんねえぞ家光」
 焦れた子供が声を尖らせるのに苦笑して、家光がまぁまぁと言いたげに手を挙げた。
「ほら、七夕。むかーし話した事あるだろ、覚えてないか?」
 言われ、ザンザスは。
「ああ、思い出した。星に願いをってやつだろ」
「ちょーっと違うんだけどな」
「同じだろ、下らねぇ」
 そう、切り捨てる。確か昔家光に聞かされた話は、お伽噺ともつかぬような、甘ったるい恋物語だった覚えがある。愛し合うのに引き裂かれた男女が云々。年に一度だけどうとか。改めてザンザスは眉間にしわを刻んだ。
 馬鹿馬鹿しい。
「ったくお前は……まぁいいや。そいでな、七夕には、色んな飾り付けするって教えただろ?」
 教えられた。それも、ご丁寧に写真入り雑誌で解説付きだった。
「……かなり違うんじゃねぇか?これ」
「笹がないから仕方ないだろー」
 そういう問題じゃねぇ。
 思いはしたが、口には出さずにザンザスは複雑な表情を作る。以前見せられた写真は、様々な飾り付けをされた竹が涼しげな風情で、流れ落ちるような飾りが不思議な美しさだと思ったものだが。今目の前にある物体は、記憶の中のものからはかなりかけ離れている。……できの悪いクリスマスツリーと言った方が近いかもしれない。家光お手製、というところで仕方ないのだろうか。
「この時期にこっちいられるの初めてだから、お前に実物見せてやろうと思ってさ」
 満面の笑みを向けてくるのが、どこか眩しく照れ臭い。ザンザスはふいと視線を逸らし、唇を尖らせた。
「……別に、頼んでねえ」
「わかってるよ。勝手にやりたかったの、オレが」
 あやすような口調に、ザンザスの唇がますます尖る。それを眺めて家光は小さく笑い、手にした短冊を子供に示してみせた。
「ほら、これに願い事書けよザンザス」
 一瞬間が空いてから、ザンザスの首が横に振られる。
「書かねぇ」
「何で〜」
「願いや望みは自分の力で叶えるものだろ。他の奴に頼むような事じゃねぇ」
 強い意志の宿った瞳でそう告げられれば、家光も口を閉じるしかなく。仕方なしに肩をすくめる。この子供は、厳しすぎる。自分にも、そして他人にも。果たしてそれが良いのか悪いのか。家光には未だ判断し難かったが。
「ちぇ。ならオレが書くからいいけどさ」
「勝手にしろよ」
「しますー。ザンザスがー、もっと、すーなーおーに、なりますように、と」
「……何書いてやがる家光」
 目を尖らせる子供に短冊をひらりと振ってみせ、家光はにやりと笑った。
「オレのお願い事」
「……っ、てめ!よこせ馬鹿!」
 喚いて掴み掛かる子供をいなし、家光はその短冊を七夕飾りもどきの上の方へと吊り下げてしまった。もう、ザンザスの手は届かない。
「てめえ、家光。おかしな事書いてんじゃねぇぞ」
「可愛い願い事だろ?」
「可愛くねぇ」
 言いつつ、子供は家光の向こうずねを蹴り飛ばした。
「いって!こらザンザス!」
「うるせぇよ!」
 捕まえようと伸ばされた腕からすり抜け、子供は明るい陽光の降り注ぐ庭を駆け出した。
 後ろからは、本気ではない家光の怒り声。

 ―――願い事、なんて

 言われた時に、ほんの一瞬胸に浮かんだ思いを、唇を噛んでやり過ごす。
 願っていない。
 望んでいない。
 だから、叶う事もない。
 そう、己に言い聞かせて。

 ―――家光と、もっと一緒にいられたらいいのに

 そんな事は。
 願っては、いないのだ。
 だから、叶わなくていい。
 ……叶わなくて、いい。


7/JUL/2007 了
22/JUL/2007 修正



七夕ネタで若家光と子ザンザス。
この頃から、ザンザスの家光への感情が、少しずつ恋に近くなっていく予定。
最初携帯で打ったので、なんか改行とかいろいろ失敗していた…直っただろうか。



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