十数年後?くらいの十代目×ザンザス。


Bambini





 深く腰掛けたソファの上、触り心地の良いクッションに肘を沈め、ザンザスは物憂く視線を流した。紅い瞳の先には、ドン・ボンゴレの生真面目な顔。眉間にしわを寄せて報告書を睨んでいる。そうやって仕事に集中していれば、多少は大人っぽい、男らしい顔付きになって来たようにも見え。

 ―――だがまあ、まだガキだな

 クッションに埋もれた腕で頬杖を突いて、ザンザスはゆったりと足を組み替える。
 ガキと言うなら自分こそ、と言われてしまっても不思議はない男は、自分の事は棚に上げてそんな事を思う。
 元来、綱吉は幼な顔なのだ。父である家光よりも、母親の奈々の方に似た顔立ちなのだろう。それでも、年齢と共に少しずつ父親のパーツに似て来つつはあるが。

 ―――家光の若い頃は、もっとゴツかったしな

 本当の親子でも、やはり似る部分と似ない部分があるものだ、などとぼんやりと物思う。
 報告書へのサインを待って手持ち無沙汰なザンザスの思考は、普段とは違ってどこか焦点がぼやけているようだ。
 綱吉の指が、サラリとサインをしたためる。
 それでもまだ、書類は山のように積み上げられていた。今日のヴァリアーからの報告書は、いつになく多いのだ。中欧でここ数年目立つ動きをしている麻薬密売組織に関する様々な事で、報告書のほとんどは占められている。集めた情報、今後の対策、その組織に絡む問題の数々。
 読み進める綱吉の口から、溜息がひとつ落とされた。
「……疲れてんのか」
 ザンザスの唇から、いたわるともつかない言葉が零れ落ちる。ぶっきらぼうな、放り投げるような物言い。
「……んー」
 少しだけね、と吐息に混ぜて呟いて、綱吉はほんの少し苦笑を浮かべる。書類から視線は上げないままに。
 その様子を無表情に眺めていたザンザスが、く、と眉間にしわを寄せた。
「……おい」
「うん?」
「昼飯どーすんだ」
「え?」
 突然何を言い出すのかと、綱吉は書面から顔を上げる。
「お昼?」
 問いかけに、ザンザスは頬杖を突いたまま顎をしゃくってみせた。
「どーすんだ」
「え……今日は忙しいから、パニーノかサラダですませちゃうつもりだけど」
「ヴィーノもつけろ」
「……え?」
 会話の流れについていけず、綱吉がポカンと口を開けていると。
「赤だ」
「赤ワイン?」
 首を傾げる綱吉に、ザンザスは重々しく頷き。
「オレも喰う」
 低く厳かに、そう宣言したのだった。





 二人が共に食事をとるのは、そう珍しい事ではない。朝食を共にする事もあるし、互いの仕事の都合が合えば、夕食を一緒にとる事だって、時折はあるのだ。けれど、互いの仕事が立て込んでいるこんな時に、軽くしたいような昼食をわざわざ職場で共にとるという事は、珍しいと言えた。
「ザンザス、サラダ」
 綱吉の咎めるような声に、ザンザスが片眉を吊り上げる。ちゃんと野菜を食べろという意味を正確に理解しつつも、男はわざとのように横を向いてヴィーノのグラスを傾けた。
「ザンザス」
 再度の呼びかけに、仕方なさそうなポーズを作り、ザンザスはサラダに手を付ける。決して、野菜が嫌いなわけではないのだ。ただ時折、食べるのが面倒になるだけで。
 ルッコラ、トマト、ビーツ、オリーブ、松の実……目にも鮮やかな野菜が、ハーブとオリーブオイルと山羊のチーズに彩られ上品に和えられている、香り高いサラダだ。口に含めば、バジルの香りがふわりと広がった。
「悪くねぇ」
 ぽつりと言葉を落とせば、向かいに座る綱吉は嬉しそうに微笑んでみせた。
「うん、良かった」
 ザンザスが一緒に食べるというので、メニューは予定していた簡素なものより、少しだけ良い内容になっていた。パニーノやサラダだけではザンザスの身体に良くない、というのが綱吉の主張で。まあ、本音を言えば食事がそれしかなければ、酒の量が増えるだけだとわかっているからなのだろう。

 ―――世話焼きめ

 そんな事を思いつつ、ザンザスはじっと綱吉の顔を見つめた。
「……?どうかした?」
 やはり、疲労の色が濃い。
 いつもならばさほど気にもならないような目の下や眉間に、疲れが滲んでいる。
「どうした、はこっちのセリフだ」
「え?」
「何だそのツラは」
 じっと綱吉の顔を見つめたまま、ザンザスは苛立ちを滲ませてそう問いかける。綱吉のまとう空気の揺れを感じて、妙に落ち着かない。
「え、顔がどうかした?」
「妙なツラしてやがる」
「……うーん?」
 両手を組んで困ったように首を傾げる綱吉の顔を眺め、男はひとつ溜息をついた。
「気になってんのか」
 問いかけというよりは確信に近いそれに、綱吉も諦めたように眉を上げ。
「……まあね」
「まあってツラじゃねぇだろう」
「……うん」
 素直に頷く綱吉に、ザンザスの紅い瞳が尖る。
「何をそんなに気にしてやがる」
「何って。わかってるんでしょ」
「わかってる。けど、わからねぇ」
 謎かけにも似たザンザスの返事に苦笑しながら、綱吉はスープに手を伸ばす。スープというよりは野菜の煮込みといった方が合うようなそれに、オリーブオイルをたらし。
「わからない、って言うのは?」
「てめぇが気にしてんのは、中欧のアホ共の事だろうが。オレ達が奴らの事を洗い上げて、てめぇが判断し、それで始末する。シンプルだな?」
「……うん」
「その事でてめぇがそんなツラしてる、その意味がわからねぇ」
 心底わからず、ザンザスは腕組みをして、テーブルを挟んだ向こうに座る綱吉の顔を睨み据えた。
 また、敵に情けでもかけたいのか。
 今度の連中は、情けをかけていいような相手ではないというのに。
 そんな甘さを、未だに残しているのかと。その事にザンザスは苛立ちを隠せない。
「……うん」
「うんじゃねぇだろ」
「うん、ごめん」
 心配させて。
 続けられたその言葉に、ザンザスは眉を寄せて舌打ちした。

 ―――めんどくせぇ

 そんな言葉を聞きたいのではなかった。謝るのではなく、説明しろ、と。
 苛立ちに奥歯を噛み、顎をくっと上げる。険のある視線を受け止めた綱吉は、眉尻を下げて困ったように笑ってみせた。
「食べないの?リボッリータ、美味しいよ?」
「喰う。が、話せ」
 温かな皿に手を伸ばし、オリーブオイルをとろりとかけて。ザンザスはびしりとそう命じる。誤摩化されはしないとでも言うように。
 仕方なさげな苦笑を浮かべ、綱吉は軽く肩をすくめた。
「情けないって怒られそうなんだけど」
「てめぇが情けねぇのは今更だ。話せ」
「……はい」
 おっしゃる通りです、と身を縮めるような気分になりつつ、綱吉は溜息をひとつついて口を開いた。
「今度の、中欧との事」
「厄介なのか」
「うん、少し。……それで、多分、ヴァリアーに出てもらう事になると思う」
「問題ない。こっちも最初からそのつもりだ」
 そのどこに、綱吉の顔を曇らせる原因があるのかと。ザンザスが訝しげな顔になる。
「うん、その時は頼むよ。ただ……こっちも、無傷ではいられなさそうで」
「損害が出るのか」
「金銭的な面は、そうでもないかな。……中欧の組織、結構武闘派らしいから、ヴァリアーの構成員がね、大変そうなんだ」
「……そんな事か」
 肩を落としつつの綱吉の台詞に、ザンザスはようやく合点がいった。

 ―――また、つまんねぇ事考えてやがる

「ウチの連中は、んな弱くねぇ。てめぇに心配される筋合いじゃねぇぞ」
「わかってる」
 呟いて、綱吉は視線を落とす。

 ―――ったく、ガキが……

『仲間が傷つくのはイヤなんだ』
 そう言って自分に立ち向かって来た子供の頃と、綱吉の基本の部分は全く変わっていない。それが頼もしくもあり、時に歯がゆくもある。
「……綱吉」
 名を呼び、落ちた視線を上げさせる。目を合わせ覗き込むと、明るい茶色の瞳はどこか心もとない様子で。
「今までだって、何度もこんな事はあっただろうが。この先も、数えきれねぇくらいあるぞ」
「……うん、わかってる」
 わかっているけれど。
「でもやっぱり、仲間が傷つくんだと思うと、辛いんだ。本当ならば、守りたい」
 その物言いに、ザンザスはピクリと片眉を上げる。
「オレ達は、その為に在る。その為の、ヴァリアーだ。躊躇はするな。てめぇの為すべき事を為せ」
 わかったな?と念を押し。
 しばし見つめ合った後に綱吉がこくりと頷くのを確認してから、ザンザスはすっかり冷めてしまったリボッリータを口に運んだのだった。





 簡単な食事を終え、綱吉は執務に戻る。結局、ヴァリアーからの報告書その他への処理については、明日以降にヴァリアー本部へ返答される事になった。言うなれば、先ほどまでのザンザスの待ち時間はある意味では無駄だった、というわけなのだが。

 ―――だがまあ、来てよかった、か

 顔を見て、この男の胸のつかえを少しでも取り除けたのなら、良かったのかもしれない。あのまま放っておいたらば、ヴァリアーへの出動要請が先延ばしになっていたかもしれないところだ。

 ―――……ったく、手のかかる男だ

 自分こそどれだけ手のかかる男かは、やはり棚に上げておくようで。ザンザスはヴァリアーの隊服を肩にひっかけてソファからゆっくりと立ち上がった。
 ちらりと視線を送ると、執務机に座る綱吉の口から、ふ、と小さな溜息がもれる。顔を見やれば、やはりまだ浮かぬ風情で。
 仕方がない、のだろう。この男は、そういう男なのだ。そしてそれ故に、自分ではなくこの男が十代目としてボンゴレに君臨している。
 血だけではなく、掟だけでもなく、選ばれた理由が、あるのだと。
 今ではザンザスも、理解している。感情の部分では受け入れられない事も、未だにあるけれど。
 静かに机に近付き、うつむく頭を見下ろす。
 明るめの色の髪、つむじが見えるのがなんだか妙に幼げに映る。

 ―――仕方ねぇ

 く、と顎を上げて唇をひとつ噛んだ。甘やかすつもりはなかった。けれど。

 ―――しょぼくれたツラしてるんじゃねぇよ。ドン・ボンゴレだろうがてめぇは

 座ってうつむいたままの綱吉の顎に、するりと指を伸ばす。人差し指を頬に滑らせ、そのまま指先で顎をすくいあげた。
「……ザンザス……?」
 上げさせた顔が、不思議そうに自分を見つめ返すのがなんだか可笑しい。

 ―――超直感てやつはどうなってんだ、あぁ?

 座る男の方へ身を屈め、かすかに綻んだ唇をゆるやかに綱吉のそれに重ねる。驚いたように見開かれた目を間近で見返して。上唇を甘く吸ってやれば、綱吉も返してくる。首の横を、羽飾りがするりと撫でて滑り落ちて行った。

 ―――甘ぇ

 先ほど綱吉が食後に食べていた果物の味だろう。少し乾いた綱吉の唇を食むと、爽やかな甘みがザンザスの舌先に広がる。
 と、いう事は。
 綱吉の方は、さっきまで自分が飲んでいたヴィーノの味でもしているのだろう。そう考えて、ザンザスはゆるく笑む。重ねて軽く絡ませ合う唇が笑みの形になったのに気付き、綱吉が目で問うと。
 視線を合わせたまま、ザンザスはゆるりと綱吉の下唇を甘噛みし、唇を離した。互いの唇の表面が、名残を惜しむようにゆっくりと離れていく。
 顎をすくいあげていた指を滑らせて頬を辿り、耳の後ろの髪をくしゃりと撫でて、ザンザスは屈めていた身を静かに起こす。自分を見つめる綱吉に、厚めの唇を緩めて笑んでみせて。
「邪魔したな」
 首筋に滑らせた指をゆったりと離しながら、ザンザスはきびすを返す。
 励ましの言葉も、慰めの言葉も、無用だ。そんなものを欲しがるような間柄ではない。
 けれど。

 ―――結局、甘やかしてんのか?

 ほんの少し複雑な気分で、ザンザスが唇を尖らせると。離した指先が、掴まれた。強い力を込められたわけでもないそれに、ザンザスは足を止め。
 半身になって、自分の指を掴む綱吉を振り返る。
「ザンザス」
 腰を上げた中途半端な姿勢で、綱吉はザンザスを見上げていた。キスのせいか、ほんの少し目元が赤く染まっている。
 視線だけで、何の用かと問えば。
「……今日の、予定は?」
「まだ仕事に決まってんだろうが」
「そりゃそうだろうけど」
 その、後は?
 どこか懇願するような目付きでそう尋ねる綱吉に、ザンザスは意地悪げに唇を歪めてみせた。
「オレの仕事が終わっても、てめぇは今日は徹夜仕事じゃねぇのか?」
 顎をしゃくって、机の上の書類を示してやる。積み上げられた紙の山を見て言葉に詰まる綱吉に笑い、ザンザスは掴まれたままの指先をその手からそっと抜き取った。

 ―――甘やかしてる、な……

 自覚して、苦笑をひとつ。
 けれどたまになら、こんなのも悪くない。
「ヴィーノだけは用意しとけ」
「え」
「言っとくが、何時になるかわからねぇぞ」
「え……?」
 ぽかんと口を開ける綱吉の顔に、ぶはっと噴き出して。
「今日はここに来てやるっつってんだ」
 片手の甲で口元を押さえ、おかしそうに笑い続ける。呆然としていた綱吉の顔に、あっと言う間に喜びの色が広がるのを見て、ザンザスの笑いがゆるりと変わる。
「だから、その頃にはもう、しょぼくれたツラしてるんじゃねぇぞ」
 してたら、帰るからな。
 そう囁き、ほんの少し、笑みに色を乗せて綱吉を見やる。柔らかな唇を、己の指先でゆっくりと辿り。その指を伸ばして、綱吉の口元へと持って行く。差し出されたその指先に素直に接吻を落とし、綱吉はうっとりとザンザスを見つめた。
 綱吉の、そんな蕩けた瞳を見返して。

 ―――少しくらいは、構わねぇか

 甘やかしてやっても、と。ザンザスは柄にもなくそんな事を思う。
 この部屋に帰って来るまでは、触れた唇と指先の甘さを楽しもうと、厚めの唇を色めいた笑みの形に緩め。
 ザンザスは、まったく手のかかるガキだと目の前の男を見つめていた。やはり相変わらず、自分も手のかかるガキだという事は棚に上げたまま。


14/JUN/2007 了



少し甘めのツナザンを目指してみて撃沈した。
いえ、あの、これザンツナじゃありませんよ。
綱吉さんはドンになっても迷ったり悩んだりするんだろうなあ。
たまにはザンザスが甘い顔を見せるのもいいなあ、とか。



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