若家光と子ザンザス。「あらゆる他の喜びよりも」より、2〜3年前のお話。


獅子と仔猫 -il gattino-





 仔猫が、眠っている。
 窓からの光の射し込まない場所で、小さく丸まるようにして。カーテンを半分引いてあるのは、この子供の為だ。うたた寝をするなんて、ひどく珍しい事だったので。
 執務室というにはやや簡素な己の部屋の中、仮眠用のソファで丸くなっている黒髪の子供を眺めて、家光は唇を緩めた。
 この子供が、図書室から持ち込んだ、何やら難しげな本を抱えてソファに座り込んだのは、つい一時間ほど前。いつでも子供らしからぬ気難しい顔をしているザンザスではあるが、よほど難しい内容の本なのか、眉間のしわが普段の五割増しで。

 ―――んな難しい顔してるよか、たまには外で遊びゃいいのになあ

 思ったものの、家光もそれを口には出さないまま。執務机に向かって、九代目への報告書にペンを走らせていた。部屋の中はしんと静まり返り、紙の上をペンが走る音と、本の頁をめくる音だけがするばかり。いつのまにか頁をめくる音がしなくなった事に気付いた家光が、机から顔を上げると。片隅のソファの上に丸まり、ザンザスは小さな寝息を立てていたのだ。

 ―――ったく、子供のクセに気ばっか張ってるから……

 そっと側へ寄っても、普段は人の気配に聡い子供がぴくりとも動かない。ザンザスがうたた寝をするなんて、珍しい事もあるものだと思いつつ、家光は子供の額に指を伸ばす。
 起きている時には大抵刻まれている眉間のしわが、今はない。そこをそっと指で辿り、家光は口元を緩めた。

 ―――寝てる時だけは、子供っぽい顔して

 丸い額に落ちかかる黒髪を指先で軽く梳いてやると、ザンザスはゆるく開いた唇から、ん、と小さく息をもらす。起こしたか、とその顔をうかがえば、唇からは再び静かな吐息がもれ始め。家光は何に対してか苦笑すると、仮眠用に置いているケットを取り上げ、起こさぬようにそっと、子供の身体に掛けてやる。すっぽりと身体を包むそれに安心したのか、ザンザスの寝息が更に深いものに変わった。それを確認し、ソファから落ちそうになっている本をそっと取り上げ、家光は傍らのローテーブルにそれを置く。そして窓際へ歩み寄ると、ソファへ陽が入らないように半分ほどカーテンを引いたのだった。
 子供をソファで眠らせたまま、男は仕事へと戻る。置いたままだったペンを取り上げ、九代目への報告書の作成の続きに取りかかりつつ、家光はひとり、ふと苦いような笑いを浮かべた。

 ―――オレも甘いな、この子供には

 ザンザスの傍若無人な振る舞いが、過ぎる事もあるとは知っている。それをたしなめる事も叱る事もする。けれど、結局はそれを許してしまうのは己の甘さだ。この子供の、いかにも子供らしい、或いはまったく子供らしくない不遜さは、ただの我が侭だけではないと知っているから。九代目の息子たるに相応しくあるべく、教養、学問、体術、ありとあらゆるものを懸命に吸収しようとしている、その裏返しだと知ってしまっているから。
「怒りきれねぇんだよなぁ……」
 吐息に混ぜた呟きは、ゆるゆると漂い落ちて毛足の長い絨毯へと吸い込まれて消えた。





 ゆるやかに意識が覚醒する。心がひどく安らぐ匂いに全身が包まれていて、目を開けるのさえも億劫だった。自分のものではない、けれどよく馴染んでいる優しい匂い。かすかに身じろげば、自分がケットにくるまっているのがわかる。まだ半ば夢心地の緩慢な指先で手繰り寄せると、普段使っているものと感触が違う。くたりとした布の触り心地は、けれど自分を包み込む匂いと相まって、決して不快なものではなく。このまま目を開けずにくるまっていたいと、そんな事すら思う。眠りの温もりが充満するケットの中で、夢とうつつの狭間をザンザスが彷徨っていると。
「起きたか〜?」
 のんびりとした声が降り注いで、ザンザスはがばりと飛び起きた。
 何故この男が、と思った次の瞬間、自分がこの部屋で眠り込んでしまった事に気付く。他人の前で無防備に眠りこけるなんて、と我知らず唇を噛むと。
「よく寝てたぞー、疲れてんじゃないのか?お前」
 あんま無理ばっかするんじゃないよ、と続けられた言葉にザンザスは黙り込むしかない。
 無理などしていない。
 当然だと思う事をしているだけだ。
 ……それに疲れる事は、確かにあるけれど。
「無理なんか、別にしてねーよ」
 ぶっきらぼうにそう言うと、からかうようにして家光が笑う。
「無理はしてなくても、頑張っちゃってんだよな」
 その物言いに、ザンザスの紅い目が尖った。
「馬鹿にしてんじゃねぇ」
「してねーよ。褒めてんの」
 何が褒めてんだ、とケットから目だけ出して睨みつける子供に、家光はペンを置いて笑いかけた。
「お前はいつも努力してる。頑張り屋の、良い子だよ」
 言い聞かせるようなその言葉に眉を寄せ。
「……嬉しくねーぞ」
「あ、そう」
 口元を覆ったケットの下で、何故か緩んでしまう唇を噛み締めながら、ザンザスはふいと視線を逸らす。

 ―――嬉しくなんか、ねえ

 そのはずなのに、何故か胸の辺りがこそばゆい。
「そんだけ頑張り屋なんだから、お前がもー少し他人への思いやりってもんを身につけたらなあ〜」
「あぁ?」
「おもいやり」
「んだよそりゃ。気色悪ぃ」
 嫌そうにそう言うザンザスに呆れたような顔をし、家光は半眼閉じてぴしりと指を指した。
「その、ケット」
 それも思いやり、て言うんだぞぅ。そう口を尖らせると。
「……家光くせぇ、このケット」
 子供は不貞腐れたようにそう言い放つ。
「くさいとか言うなっての」
「家光くせぇもんは家光くせぇ」
 そう言いながらも、ザンザスはケットに身をくるんだままだ。ソファの上に起き上がってはいても、その家光くさいケットに鼻まで埋まってくつろいでいる。
「……ったく、お前は……」
 仕方なさそうに片頬で笑い、男は肩をすくめて書類に目を落とした。ペンを取り上げ、続きを書く為に指を走らせる。その姿を、どこかぼんやりした様子で眺めていたザンザスが、小さく欠伸をした。
「眠かったら、もう少し寝てていいぞ」
「……眠くねぇ」
 目を擦りつつそんな事を言うザンザスに噴き出し。
「眠くなくてもいいから、寝てろよザンザス」
「うるせぇぞ家光」
「ここにいるから。心配すんな」
 その言葉を聞きながら、ザンザスの瞼がゆっくりと落ちる。眠りの淵にとろりと引き込まれそうになりつつ、子供は自分をくるむケットを手繰り込んだ。
 家光の、匂い。
 この部屋も、ソファも、ケットも。どこもかしこも家光の匂いがして、その事にひどく安心する。その心地良さに浸りながら、ザンザスは再び眠りの淵に沈み込んだ。
 ことり、と首を落として眠り込んだ子供を眺め、家光は机に頬杖を突いた。

 ―――ホントに、オレもなんだかんだで

「甘いよなぁ……」
 こいつには。自嘲気味にそう呟いて、男は椅子に座ったまま、ひとつ大きく伸びをした。
 仕事はまだ終わりそうにない。ザンザスも当分眠っているだろう。どうせついでだ、他の書類仕事も終わらせてしまおうと。家光はコキコキと首を鳴らし、改めて仕事にとりかかった。
 傾きかけた陽射しが半分だけ入り込む部屋の中、時間だけが静かに流れていく。
 丸まって眠る黒い仔猫に時折目をやり、若い雄獅子は小さく笑う。安心しきったようなその寝顔に、目を覚ましたら甘い甘いチョコラータでも飲ませてやろうかなどと考えながら。


12/JUN/2007



気をつけて家光!
その仔猫は将来でっかい黒豹に成長して、お前の息子を殺しに来るよ。
まあ、お前の息子にやられちまうんですがね。色々な意味で。
ザンザスもこの頃は、眉間にしわ寄せずに眠れたのです、というお話。
優しい思い出捏造中。
まあ、家光もボンゴレ屋敷に入り浸りじゃないだろうと思いますが。
でも執務室はあるよな、と思うのですよ。



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送