若家光と子ザンザス。「あらゆる他の喜びよりも」より、2〜3年前のお話。


獅子と仔猫 -il leone-





 ライオンが、眠っている。
 とろりとした蜜のような陽だまりで、若い獅子は太い木の幹に背を預けてうたた寝をしているようだった。膝の上には、まとめられたファイルと万年筆。書類仕事の途中だったのか、それとも書き物でもしていたのか。
 安らかなその寝顔を見下ろし、ザンザスは紅い瞳を瞬いた。ボンゴレ屋敷の内とは言え、屋外でよくもこう安らかに眠れるものだ。しかもザンザスがここまで近付いても、目覚める様子もない。いびきまでかいているその男は、剛胆なのか馬鹿なのか。
 若くして門外顧問を務めるボンゴレの若獅子と言えば有名で、ファミリーのみならず外部勢力からも目を付けられているらしい。この男がいなくなれば、ボンゴレの弱体化を図るのも、夢ではないとかなんとか。

 ―――どうだか

 口を軽く開けたままムニャムニャと寝言を言っている男を眺め、ザンザスは肩をすくめた。彼が普段目にしているこの男の様子はと言えば、確かに有能ではあるかもしれないが、どちらかと言えば気の良い、気負わない、気楽な、と言った形容詞の似合う風情で。ボンゴレの若獅子、などという呼び名が似合う鋭く厳しいイメージはザンザスにはあまり思い当たらない。時折、その気配を伺わせる事はあっても、普段の生活においてこの男は穏やかな人間なのだ。
 じっと眺めていた紅い視線を逸らし、ザンザスは男の隣に腰を下ろす。ひと一人分というには狭く、くっついて、というには広い距離を置いて。
 男と大木とが落とす影の中に座り込み、子供は膝を抱え込んだ。
「どうした、ザンザス」
 座って溜息を落とすのとほとんど同時に、上から声が降って来る。優しげで、けれど無造作な、この陽だまりのような声。
「起きてたのかよ家光」
「今起きた」
 目を上げれば、家光は欠伸をしながらボリボリと顎を掻いていた。さわ、と初夏の風が広い庭を通り、二人の間を吹き抜けていく。青々とした芝生に降り注ぐ陽射しがひどく眩しく、ザンザスは無意識の内に溜息を零していた。
「どしたよ、うん?」
「……別に」
「あ、そう」
 気楽な声音でそう言いつつ、家光はちらりと視線をザンザスに流す。前を向いて膝を抱えたまま、子供は小さく唇を尖らせていた。
 何かあったに違いない。
 ……さて。
「そーいや今日は分家のじーさん連中が来てたんじゃなかったか?」
「……」
「ちゃんと挨拶はしたのかあ?」
「したよ。うるせぇな」
「ん、良い子だ」
 家光の大きな手がザンザスの黒髪をかき回す。丸い額を親指で撫でてやれば、子供は唇を尖らせたままに、けれど心地良さげに瞳を細めた。

 ―――猫の仔みたいだな〜、ホントに

 黒い仔猫は家光の手を振り払うでもなく、好きなように撫でさせている。いつものように爪を出す気配もない。

 ―――こりゃ、ますます何かあったな

 分家絡みか、と溜息ひとつつき、家光はザンザスの頭から手を離した。てのひらの名残を惜しむように顔を上げたザンザスの紅い瞳が、見下ろす家光の視線に気付いてゆるりと瞬く。
「……で、どした?」
 伸ばした膝で、足を抱え込んで座るザンザスのくるぶし辺りを軽く小突く。
「……んだよ」
 小突かれたくるぶしを引っ込めて、ザンザスは家光をじろりと睨む。けれど家光に視線で促されれば、柔らかそうな厚めの唇を尖らせながらも、渋々と口を開いて。
「うるせぇんだ、じじぃ共は」
 呟くような声でそれだけを言うと、ザンザスはふいと視線を逸らして、立てた膝に顎を乗せた。怒りを爆発させるでもなく、苛立ちと悔しさがない交ぜになったその表情に、家光はああ、と吐息を零した。
 直接に、何か言われたわけではないのだろう。
 けれど。
 子供は空気に敏感だ。
 特にこの、特殊な環境に身を置いている子供は、負の感情に揺さぶられやすい。
 分家の人間達の中には、突然連れて来られた『九代目の息子』を快く思わない者も少なくない。それぞれに、十代目候補として推している人物が既にいるからだ。腕も頭も抜群な若手を擁している分家の年寄り連中にとって、まだ子供でありながらも突然現れた直系の十代目候補は目の上のコブなのだろう。
 本人の前ではさすがに口には出すまいが、ザンザスはそれを感じ取っている。だから、その空気が『うるさい』と。そういう事に違いない。

 ―――まあ、仕方ねぇよなあ

 この世界に身を置く事になったらば、呑まねばならぬ事はいくらでもある。その事を、聡いとは言え、まだこの世界に引き取られて数年の子供に呑めと言うのも酷な話ではあるだろうが。
 それでも。
 この気性の子供が、癇癪を起こさなかっただけでも立派なものだ。

 ―――褒めてやんなきゃなあ

 家光の頬が、ゆるりと緩んだ。
「カンシャク起こさなかったか?」
「んだよ、それ。起こさねーよ」
「そっかそっか」
 再び家光の手が伸びる。小さな頭をくしゃくしゃとかき回したそれは、そのままザンザスの頭を胸元に抱え込んで。
「……っ」
「えらいなあ〜ザンザス〜!」
「や、めろよ!」
 子供の抗議も空しく、家光は抱え込んだ頭を両手でわしゃわしゃと撫で回した。少しクセのある黒髪が、男の乾いた手でかき回され、乱される。
「おい家光!」
「ははは、良い子だ」
「ガキ扱いすんな!」
「まーだお子ちゃまでいいんだよ」

 そんなに急いで、大人になろうとしなくていい。

 常日頃、この子供がどれだけ努力をして九代目の息子たるに相応しからんとしているか、家光は知っているから。
 そして、自分の前では少しだけ肩の力を抜いているのを知っているから。
「ふ、ざ、けんなっ!」
 腕の中でじたばたと大暴れする子供の顔は、家光の力に対抗しようとして真っ赤だ。むき出しの膝小僧には、ちぎれた芝。細い腕は必死になって家光の腕をつかんでいる。
「よしよし、愛してるぞぅザンザス」
 最後の仕上げとばかり、丸い額に音立ててキスを落とすと。
 一瞬後に、赤かった顔がますます赤く、耳まで染め上げられる。そのままザンザスは紅い瞳でキッと家光を睨み上げ。
「うるっせぇぞ家光!」
 噛み付くようにそう喚き、拘束の緩んだ腕から跳ね起きる。くしゃくしゃに乱れた髪にも服にも、ちぎれた芝がくっついたままだ。
 仁王立ちになったザンザスは、座ったままで笑う家光を睨みつけた。何故だか、地団駄を踏みたいような気さえする。
「うるせえ、じゃないだろー」
「……うっせぇよ!」
 言葉が出て来ず、ザンザスはもう一度そう喚いてきびすを返して駆け出した。
「ザンザスー、また後でな〜」
 後ろからかけられる呑気な声には返事を返さずに。
 明るい陽光の中、屋敷へと走りながらザンザスはキスされた額をてのひらでゴシゴシと擦る。家光はスキンシップをとるのが好きなのか、今までだって数えきれないくらい額や頬にキスをされ、しつこいほど頭を撫で回されてきた。
 けれど。
 なんだか今日は。
「……っ、ヒゲが痛ぇんだよ!」
 触れられた額が妙にこそばゆいのは、二日ばかり剃っていない家光の無精髭が肌を削り取っていったせいか。
 さて、或いは。
 丸い額を擦りながら、ザンザスは己の心の微妙な変化など気付く事もなく、青い芝生を蹴立てて走って行った。尖らせていた唇が笑みの形になるのだけは、自分でも止める事のできないままに。


11/JUN/2007



ザンザスにだって、優しい思い出があってもいいじゃない。
そんな思い出が小さな小さな棘になって、
大人になった時、ふとした拍子に胸を刺したりするんだ。
というか優しい思い出絶賛捏造中。
ザンザスは家光への恋心を自覚する頃までは
おでこにちゅーとか、嫌がる素振りしつつもさせてくれてるよ。きっと。
妄想も大概にしろよな、私。
キモくてすいません。



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