明るい陽光が、中庭に面した窓から射し込んでいる。溢れるように室内に流れ込むそれに微かに目を細め、スクアーロは窓枠に軽く寄りかかった。
広々として手入れの行き届いた中庭には、色とりどりの花々が咲き乱れている。
季節は春。
緑が芽吹き、花は綻び、空気は甘く柔らかにゆるみ始めている。
一年で最も美しいと言われる季節が訪れようとしていた。
「あぁ……もう春だぁ」
溜息のような囁きを落とし、少年は窓ガラスにコツリと額を押し付ける。ヴァリアーの仕事の合間、ほんのひと時の息抜きだ。季節が移り変わる事にも気付かぬほど、彼は仕事に明け暮れていた。身体から、血の臭いの途切れる間も無いほどに。
「眩しいぜぇ……」
純粋に風景を眺めるなどあまりにも久し振りのようで、スクアーロは光を弾く花々にぼんやりと見入っていた。
光溢れる中庭。
甘く香り立つ草花。
全てが平穏そのもので、血なまぐささの欠片も感じさせない光景だ。
―――まやかしだぁ
そんなもの、と心の中だけで呟いて、スクアーロは両の瞳をきつく瞑った。まぶたを通して射し込む光は、それでもやはり暖かく。銀の色をした彼の睫毛を、優しげに撫でて温めていく。
ザンザスが眠らされてから、幾つの季節が巡った事だろう。
伸びた髪を無意識に指先で玩び、その年月に想いを馳せる。
この髪の長さの分だけ、あいつに会っていないのだと。
―――あぁぁ……切ねぇなぁ
あの鮮やかな怒りに触れ、鮮烈な炎に瞳を眩ませたい。
どこまでも深い血の色をした瞳は、初めて出会った刹那からスクアーロの魂を鷲掴みにしたままだ。
あの熱に、あの怒りに、そしてその奥に眠るもっと深い何かに。魂ごと囚われ、それからずっと、その恍惚と苦痛の狭間をたゆとうている。
一目で囚われた、あの渇いた熱さ。
どうしようもないほどに憧れ、己の身も心も魂も、全てを捧げ尽くすと決めた相手を守れなかったその日から、ずいぶんと長い時間が過ぎた。
彼が死んではいないという事だけが、スクアーロを辛うじて繋ぎ止める鎖だ。
いつか目覚めるという言葉だけをよすがに、待ち続けている。九代目とファミリーへの偽りの忠誠、着実にやり遂げる任務、積み上げていく実績。それら全ては、足場固めの為に必要不可欠なものばかり。
そう、全ては、ザンザスが帰って来た時の為に。
今度こそ、失敗はしない。
春の陽に温められた睫毛をかすかに震わせ、スクアーロは薄い色の瞳を開く。
今度こそ、守ってみせる。
主を守れぬ剣になど、何の価値もないのだ。唯一人、己の主と定めた相手を守りきれなかった後悔は、スクアーロの胸を絶え間なく苛み続けている。
鏡を見る度、身じろぎする度に存在を主張する髪は、誓いの象徴だ。
―――……守れなかった誓いの、なぁ……
待ち続ける時間の長さと比例して伸びた髪は、スクアーロにとっては戒めにも似ていて。
必ず守ってみせる、と。
二度と側を離れない、と。
そうして日々、誓いを新たに胸に刻み付けるのだ。ザンザスは必ず目覚めるのだと、揺らぐ事なくそう信じて。
「……会いてぇなぁ……」
窓に額を付けたまま、半ば無意識に唇から言葉が零れ落ちる。
銀の色した睫毛越しに眺める中庭は、咲き乱れる花たちが目映いほどに美しい。春の喜び、生命の躍動に満ち溢れているというのに。ザンザスの時は止められたままだ。春の香りも暖かな陽光も届かないまま、氷の中で眠らされている。
―――会いてぇよ、ザンザス
氷が溶けるのがいつになるかなど、スクアーロにはわからなかったけれど。
焼け付くようなあの怒りに触れたいと胸を焦がし、少年は暖かな陽射しから瞳を逸らした。
5/MAY/2007 了
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