フェンス




 ふい、と顔を上げ、屑桐はひとつ首を傾げた。先程から感じていた視線の主と、しっかりと目が合ったからだ。
「……どうした、帥仙。何か用か?」
「てめぇに用なんざあるわけねぇだろ」
「む?先程からこちらを見ていなかったか?」
「バッッ!バッカヤロウ!このオレがてめぇの事なんか見てるわけねぇだろうが!」
 教室中に響き渡るような大声で怒鳴り付けられ、屑桐は慌てたように片手で帥仙を制した。
「わ、わかった。勘違いして悪かった」
「まったくだ、バカヤロウ。気色悪ぃ事言ってんじゃねぇぞ」
 顔を真っ赤にしたままで口の中で呟くようにそう言い、帥仙はこれ見よがしに顔を背けた。耳まで赤いのは、図星を指された恥ずかしさからか、或いは屑桐に真正面から見つめられたそのせいか。
 茹で上がったように赤い顔のままに、乱暴に椅子を引いて腰掛ける。その後ろ姿を見つめ、屑桐はひとつ小さな溜息をついた。

 ――何故、こんなに嫌がられているのだろうか

 心当たりはいくつかある。
 同じピッチャーというポジション。同じ学年であるという事。それ故に、帥仙がレギュラーになる為には自分が邪魔だという事は、さすがの屑桐とても承知している。
 けれど、帥仙が気になって仕方ないのだからどうしようもない。
 常に練習し過ぎでそれが逆効果になっている事も、筋トレの時間の長さの割に柔軟を手抜きしている事も、帥仙自身の為にならないとわかっているからこそ、口を出さずにいられない。それを嫌がられているという事など、先刻承知だ。

 ――だが、気になるのだから仕方ない

 同じ野球部の一員として、彼を心配するのは当然の事だ。嫌がられても嫌がられても、この心配をやめる事はできない。
 頑に自分を拒む背中を見つめ、屑桐はまたひとつ、小さな溜息をついた。





「桜花」
「何じゃ?」
 いつになく深刻な面持ちで話し掛けて来た屑桐に、桜花は何事かと身構えた。
 ここのところずっと屑桐の投球は好調だし、野球に関しては何も心配はないだろうと頭を巡らせる。だが、わからない。桜花さえも気付かないような不調を抱えているのかもしれない。メンタルな要素の事か、或いは先日少し肘が痛いと言っていた事か。結局何でもないという事で話がついたが、もしかすると違っていたのかもしれない。万が一、故障だとしたら、今度の試合の事よりも将来を優先させて病院に連れて行くしかないだろう。
 と、そこまで考え屑桐の顔を見返すと。
「……帥仙の事なんだが」
「ああ〜?」
 ガクリと肩の力が抜け、桜花はだらしなく椅子にもたれかかり、机にどっかりと足を乗せた。何を深刻な顔をしているかと思えばと、いっそ馬鹿馬鹿しいような気分だ。小指で耳をほじくりながら、先を促すように顎をしゃくる。
「あのアホウがどうしたんじゃ」
「桜花、真面目にオレの話を聞く気はあるのか?」
「おう、あるわあるわ。話してみい」
「お前の態度が投げやりに感じるのは、オレの気のせいだろうか?」
「気のせいに決まっとるじゃろう」
「む……そうか、すまない」
 生真面目な表情でそう謝罪し、屑桐は桜花の前の席に腰を下ろした。昼休みの教室はざわざわと騒がしく、大柄な男二人が神妙な顔付きで話し込んでいても、気にする者など一人もいない。
「……で?」
「うむ」
「帥仙がどうしたんじゃと?」
「いや、その……」
 屑桐らしくもなく言い淀み、困ったように眉根を寄せる。しばし逡巡した後に、意を決したように顔を上げた。
「何故、オレは帥仙にこんなに嫌われているのだろうか」
「……ああ?」
 耳をほじっていた桜花の指が止まった。

 ――何を寝ぼけた事を言っとるんじゃ、こいつは……

 呆れ顔で屑桐を見返せば、真剣な眼差しで桜花を見つめている。

 ――まあ、気付く訳もないかのう……何と言っても相手は屑の字じゃからのう……いっそ帥仙が気の毒なくらいじゃ

 太い腕をボリボリと掻き、桜花はひとつ溜息を零した。傍目から見ていれば、帥仙の屑桐に対する態度が『好きな子につい意地を張ってしまう小学生男子』のレベルであるのは一目瞭然なわけだが、その事に気付いていないのは、当人達ばかりだ。
 帥仙は決して自分の気持ちを認めようとはしないし、屑桐に至っては嫌われていると思っている始末。
 高校三年にもなって、まったく救いようがないと桜花は首を振る。
「あー……別に嫌われとりゃせんと思うがなあ……」
「だが、オレが何を言っても、あいつは聞く耳を持とうとしない。このままではあいつの投手生命に関わる」
「まあそのう……ぬしに言われると、アレはますます頑になるだけじゃと思うがのう……」
 いつになく歯切れの悪い口調でそう言いながら、桜花は頭を掻いた。『アレはぬしの事が好きじゃから、子供のように反発しとるだけじゃ』などと言ったところで、屑桐に理解ができるとも思えない。更に言うならば、帥仙の抱える彼に対するコンプレックスなどというものは、到底屑桐本人にはわからないものだろう。
 深々と溜息をつき、桜花はがくりと肩を落とした。
 正直な話、関わりたくない。

 ――いっくら、うちの大事な屑が悩んでおると言うてものう……こんな馬鹿馬鹿しい事に首を突っ込むのはわしゃぁごめんじゃ

 机に乗せたままの足を組みかえると、屑桐がついと眉をしかめた。
「桜花。いつも言っているだろう。机に足を乗せるな」
「ん〜?ああ」
 生返事だけを返し、机の上の足はそのままに、桜花は再び小指で耳をほじり始める。態度の悪い事この上ないが、屑桐の前でこんな態度が許されるのはこの男くらいのものだ。
「オレを嫌っているのは構わん。だが、あんなトレーニングを続けていては、早晩あいつは潰れてしまう。桜花からも言ってやってくれ」
「あー……放っとけ放っとけ」
「放っておくわけにはいかん」
 凛とした口調でそう言い切った屑桐に、桜花は呆れたように首を振った。
「放っとけと言うとるじゃろ。ぬしが何か言うたところで聞くようなタマでもなし。却って逆効果じゃろうが」
「……だが」
 小さな声でそう反駁し、けれど屑桐は目を伏せたまま、それ以上何を言うでもなく口を閉じてしまう。屑桐らしくもないそんな様子に、今度は桜花の方が黙り込んだ。

 ――……ったく、この頑固者め。

 こんな顔をされてしまえば、それ以上何も言えるはずがない。
 結局のところ、桜花は屑桐には甘いのだから。
「まったく、ぬしゃぁ頑固で困る」
「それは悪かった」
「まったくじゃ。女房役をあまり手こずらせるな」
 長い溜息をつき、桜花は机から足を下ろした。男臭いその容貌に似つかわしく華のある笑みを浮かべ、机に肘をつき屑桐の顔を覗き込む。どこか心許ない表情をしている屑桐に苦笑し、桜花は大きなてのひらで目の前の頬をぺちりと叩いた。
「そんな顔をするな、屑。ぬしの気が済むまで、帥仙に注意し続ければええじゃろう」
「……うむ」
「あと、一応言うておくがな。アレは本当に、ぬしの事を嫌ってはおらんぞ」
「気休めはいい、桜花。……そんな気遣いは無用だ」
 いつもの無表情に戻ってそう返す屑桐を見つめ、桜花はまたひとつ、小さな溜息を落とした。
 まったく、手のかかる男だと。





 屋上にはゆるく風が吹き、帥仙の髪を柔らかに乱す。初夏の爽やかなそれに目を細め、彼はフェンスにもたれ空を仰いだ。
 青く澄み渡った空。
 遠く、入道雲が沸いている。
 遥か下方、グラウンドからは昼休みの喧噪が響き、よりいっそう帥仙の心を重苦しく沈ませた。

 ――わかっている

 本当は、わかっているのだ。
 屑桐の言う事は、いつだって正しい。
 自分の練習量が多すぎる事も、そのせいで、このままいけば遅かれ早かれ肩を壊して投手生命が断たれるであろう事も。
 必死に練習して、いずれ屑桐を追い越してやると心に決めて、もう随分と時間が経った。その間、見つめ続けていたのはあの男の背中だけだ。どこまでも無表情に自分を見つめ返すあの瞳に苛つき、その度に自分の中の醜い部分を刺激され。そうして、今までやって来た。
 けれど今、帥仙の手の中に残っているのは、三年生のこの時期になって三軍まで落とされ、最早ズタズタになったプライドだけだ。
 他には、何も残っていない。
 馬鹿らしいような気持ちで、長く細い息を吐く。
 甲子園に行くまでに、三軍から返り咲いて正ピッチャーのポジションを奪おうと心に決めていた。だからこそ、ただでさえ人の三倍以上のトレーニングをしていたところ、更に練習メニューを追加したのだ。ボール拾いなどさせられてばかりでは、ピッチングの腕が上がるはずもないのだから。
「……ハッ、クソみてぇな話だ」
 呟きは風にさらわれ、遥か彼方へと運び去られて行く。
 それだけ努力に努力を重ね、けれど結局は屑桐に適う事はない。ズタボロのプライドは、まるでぐしゃぐしゃに丸められた紙屑のようで、風が吹いても飛ばされかねない。情けなさに涙が零れそうだった。
 けれど、本当に悔しいのは、屑桐に適わない事ではない。
 こんな風に憎々しく思っていてさえ尚、あの男を見つめずにいられない、そんな自分自身に腹が立つのだ。悔しくて情けなくて、帥仙は空を仰いだまま瞳を閉じた。
 きつく瞑った目の奥が、熱い。
「……畜生」
 ふざけんじゃねぇ。
 口の中で、己自身にそう吐き捨てる。
 こうしてまぶたを閉じて尚、瞳に浮かぶのはあの男の面影だ。凛とした顔立ち。すっきりと伸ばされた背筋。感情を映し込まないその瞳は、ただただ静かに帥仙を見つめ返してくる。
「……クソッ」
 呟き、両手をポケットに突っ込むと、グシャリと何かを握った感触がした。それが何なのかすぐに思い当たり、帥仙はイライラと唇を噛む。一瞬の逡巡の後にポケットからそれを取り出すと、彼は物憂く溜息をついた。
「何でこんなもん……持って来ちまったんだよ、オレは……」
 どうしてこんなものを後生大事に持っているのかと、自分自身を殴りつけたいくらいだ。
 何度もグシャグシャに丸められ、またそれを伸ばされたせいでくしゃりとしているその写真には、一年生の時の自分の姿。そしてその横には、今よりも少し幼い顔付きをしたあの男が映っている。
 二人とも仏頂面をして映っているその写真を見つめ、帥仙はまたひとつ、畜生と呟きを洩らした。

 ――何で、オレはこんな奴の事を……

 決して認めたくはなかったが。
 あの男の事を、何故自分は……。

「ここにいたのか、帥仙」

 己の名を呼んだ、低く耳に心地よい声に弾かれたように顔を上げると。屋上のドアからこちらへ歩いて来ているのは、誰あろう、屑桐無涯その人だった。





 軽い足取りで屋上への階段を上っている足音がふたつ。上機嫌といった様子で跳ねるような足取りがひとつに、ややゆっくり、いささかトロい足取りがひとつ。
「屑桐さん、上にいる気かな〜? (^∀^)」
「いるといいングね〜」
 言わずと知れた、二年生の朱牡丹と久芒である。屑桐のクラスを覗き、そこにいなかったのでここまで探しにやって来たというわけだ。
「……桜花さん、こんなところ"で何しでるんでずか?」
「うわっ!アホウ、静かにせんか!」
「大声出してるのは、おやっさんの方ですよー ( ̄д ̄;)」
 何故か階段の最上部、桜花が屋上のドアの前で大きな身体を小さく丸めていた。
「つか、おやっさん、ホントに何してる気ですか?すごい不審人物なんですけど…… ( ̄д ̄;)」
「わしは、そのう……屑が心配だったんじゃがの……」
「やっぱ屑さん、屋上にい"るングでずか?」
「いるはいるんじゃが……」
 ちらりとドアを眺め、桜花は盛大に溜息をついた。
「あ奴が帥仙の心配をし過ぎなほどにしているのは、知っとるじゃろ?」
「知ってる気ですけど……(・ε・)」
「それでなあ……またあのアホウに『トレーニングし過ぎだ』だの『もっと自分自身の事を考えろ』だの言いに行ったっつーわけじゃ」
「……で、桜花さんはここでこっそりとその様子を見守ってるングですね"」
「そーゆーわけじゃ」
 コクリと頷いた桜花に、『それってただのノゾキじゃないですか?』などという清い心の持ち主はここにはおらず。残る二人も互いに目と目を見交わして、ドアの隙間へとかじり付いたのだった。





「あちこち探したぞ」
「……何でてめぇに探されなきゃならねぇんだよ」
「オレがお前に用事があっては悪いのか?」
「気に喰わねぇな」
 屑桐が自分へと歩み寄るその距離に内心で焦りつつ、帥仙は手の中の写真を必死で握りつぶした。万が一こんなものを持ち歩いている事をこの男に知られたら、いっそ舌を噛んで死ぬしかない。
 不自然に右手を握り締めたまま、全身に冷や汗をかいて帥仙は屑桐に向き合った。
「帥仙、オレはやはり、いくらお前に鬱陶しがられても、言わなければならん事がある」
「ハッ!いつもお決まりのアレだろうがよ」
「お前の身体が心配なんだ」
 諭すようなその口調と、純粋に自分を心配しているのであろう眼差しに、帥仙は唇を噛んで目を反らす。とてもではないが、このどこまでもまっすぐな男と向き合う事は不可能だ。自分の心の奥底まで見すかされそうで、それが帥仙には耐えられない。
 初夏だというのに額に汗が浮き、男は片手でそれをぐいと拭った。

 ガサリ

「……ギャッ!」
「む?何か落としたぞ、帥仙」
「ひ、拾うなぁーっ!」
 哀れ、帥仙の伸ばした手は空を切り、写真はあっさりと屑桐に拾い上げられてしまった。手の中のそれに何気なく目をやり、屑桐は小さく首を傾げる。
「……ああ、一年の時の……」
「バッ!バッカヤロ!てめぇ、勘違いすんじゃねぇぞ!違うからな!全っっ然、てめぇが考えてるような事と違うんだからな!」
「む?これは一年の時の写真ではないのか?」
「バッカヤロウ、ふざけんじゃねぇぞ!勘違いしてんな!自意識過剰なんだよ!」
 最早、動揺のあまり自分でも何を言っているのかさっぱりわからない状態だ。目を白黒させながら叫び、帥仙は凄い勢いで屑桐の手からしわくちゃの写真を奪い取った。





「つか、帥仙先輩はさ〜、何であんなに屑桐さんに心配されるわけ〜?理解できな気〜 (-"-)」
 ぷーっとむくれた朱牡丹が、ぶつぶつとそんな事を呟いている。
「ああ……まあ、放っておけんのじゃろ。気持ちはわからんでもないがのう」
「あんだけ身体痛めつけなきゃ屑さんに構ってもらえないなんて、可哀想だな"あ」
 唇の端で笑いながら、久芒がさらりと酷い事を言う。それに深々と頷き、桜花はぼりぼりと頭を掻いた。





 奪い取った写真をポケットにねじ込み、帥仙は耳まで赤く染めて屑桐を睨み据えた。写真を破り捨てないところが、らしいと言えば非常にらしい。
「オ、オ、オ、オレはなあ……そう!てめぇへの憎しみを忘れねぇ為に、こうやって写真を持ち歩いてんだよ!全然、てめぇの顔をまともに見られねぇからその代わりに写真眺めてたとか、そんなんじゃねぇんだからな!薄気味悪ぃ勘違いすんじゃねぇぞ!わかってんのかコラ!」
 一息にそう捲し立て、男は荒く息をつく。その顔を眺めつつ、屑桐はポツリと言葉を落とした。
「……お前は、そんなにオレが憎いのか?」
 酷く寂しげなその声音に、帥仙がギクリと顔を上げる。
「だが、オレは……オレは決してお前が嫌いではない。お前がとても努力家だという事も、実力のある投手だという事もよくわかっている」
「う……」
「ただ……オレはお前が心配なだけなんだ」
 囁くようにそう言うと、静かでまっすぐな瞳で帥仙を見つめた。
「この、同じ華武高校の野球部員としてお前を心配する事は……そんなにもお前を不愉快にさせるのか?」
「……クッソ……」
「……?」
 帥仙が口の中で悪態をついたのは、屑桐に対してか……或いは己自身にか。
「オ、オレだってなぁ!」
 意を決したように顔を上げ、不思議そうな顔の屑桐に、挑むような視線を投げ付ける。
「オレだって、本当はてめぇを嫌ってなんか……!」





 帥仙のその言葉に、朱牡丹の血相が変わる。
「ギャッ!何かヤバ気! (>A<;)」
「録、行くングよ」
 こういう時に行動が早いのは久芒で、彼は素早くドアを開け放し、屋上へと乗り込んで行った。桜花は素早く物陰に身を潜める。
「屑さ〜ん、こんな"ところにいたんですか〜」
「さ、探した気ですよう、屑桐さん!」
 帥仙と向かい合っていたその身体に、ふたりまとめてぴょんと飛びつく。
「ああ、録に白春か。どうした?」
「……てっ、てめぇら……」
 今にも射殺しそうな視線で身体の小さな二年生ふたりを睨み付けると、帥仙は地を這うような声で呻いた。よりにもよって、こんな時に邪魔に入らなくても良さそうなものではないか。
「屑桐さん、俺達ちょっと屑桐さんに聞きたい事があって〜 (^∀^)」
「む……そうか、だが今は帥仙との話が終わっていないのだが……」
「えっ?もう終わったングでずよねぇ、帥仙さん」
 全然終わってねぇ!と叫びそうになった帥仙ではあったが、ならば話の続きをどうぞと言われても、到底続けられるような話ではない。というよりも、むしろ帥仙自身、続けたくない話だ。

 ――オレは一体、さっき何を口走った……?

 頭に上っていた血が冷えてしまえば、とんでもない事を言おうとしていたのではと足が震える。

 ――こいつに、嫌いじゃないとか何とか言おうと……いや、有り得ねぇ。そんな事あってたまるか

 早々に記憶を抹殺し、帥仙はブルブルと首を振った。その瞬間、久芒と視線がかち合う。冷たく、深い瞳の色に一瞬怯むと。
「……油断ならね"ぇなぁ」
 聞こえるか聞こえないかの低い声でそう囁かれた。その言葉に固まっている帥仙に、朱牡丹を腕にぶら下げた屑桐が困ったような顔付きで話し掛けた。
「帥仙、ならば、この話はまた今度ゆっくりしよう。昼休みももう終わる」
「あ、ああ」
 答えにくるりと踵を返したその背中を見送っていると、不意に久芒の冷たい声が耳に忍び込む。
「俺らの大事な屑さんに手出ししてみろ"……どうなるかわがってんだろなあ、三軍」
「なっ……!」
 反論しようとした彼に凍てつくような視線を投げ、久芒はさっさと屑桐達の後を追い掛けて走り出して行く。ドアの向こうへとその後ろ姿が消えたあたりでようやく我に返り、帥仙はひとり、フェンスを蹴り飛ばした。
「バッカヤロウ!ふざけんじゃねぇよ!誰があいつなんかに手ぇ出すかよ気色悪ぃ!」
 ドカーン!ガシャーン!という音だけが、虚しく屋上に木霊する。目に涙を溜めながら、帥仙は血の滲むような叫びを空へと絞り出した。
「ぜってぇ、いつか返り咲いて、あいつら一軍全員見返してやるからなぁーっ!」





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