不器用な手




「ったく、あんたって人は……」
 口癖になって久しいそのセリフを溜息と共に吐き出し、ベックマンは絵の具だらけになった船長を上から下まで眺め回した。
 きしし、といつも通りの人を喰ったような笑い方で、言われた方のシャンクスは絵の具のこびり付いた白いシャツを指先で摘んでみせる。よくよく見れば、絵の具だけではなく泥までもが盛大に服を汚していて、苦労性の副船長はひとつ首を振って、その白いシャツの再生を諦めた。
「今度は何をしでかした?」
 補給物資のリストに目を通しながら、男は先に立って船長室へ歩き始めた。その後ろを、落ち着かない足取りでシャンクスが跳ねるようにして付いて行く。遠目からでも上機嫌なのが見てとれるほどにはしゃいだ様子で、赤い髪がゆらゆらと揺れていた。
「しでかしたって、そんな言い方ねえじゃんかよ〜、ベックマンよぅ」
 むくれた顔をしてみせても、目だけはそれを裏切って楽しげに。
「また、陸で子供達と遊んでたのか?」
「そ」
「あんたの場合は子供と遊ぶってより、子供に遊ばれてるって方が正しいような気もするけどな」
「何だと〜!」
 そんな軽口にも目くじらを立ててみせるのが、何より機嫌の良い証拠なのだ。
「そーいう事言う奴にはな〜、プレゼントやらねえぞ!」
 船長室の扉をベックマンが後ろ手に閉めると同時に、にやにやと笑いながらシャンクスが自分のポケットをまさぐり始める。プレゼントなんてどうでもいいから早くその汚れたシャツを脱いでくれ、と言葉に出さずに思っていると、ポケットから何かをつかみ出したシャンクスが、もったいぶってその手を後ろに隠してしまう。
「なあなあ、何だと思うよ?」
 少し下の位置から、覗き込むように見上げてくる視線。
 それを見返しながら、…ったく、この人は……とお決まりのセリフを頭の中で繰り返す自分に苦笑して、ベックマンはクローゼットへと足を向けた。
「どうせロクなもんじゃねぇんだろうが」
 ぶつぶつと呟きながらシャンクスの替えのシャツを出していると、つまらなさそうな声が背後から絡み付く。
「人と話す時はこっち向けってぇの」
 笑ったり怒ったり拗ねたりと、いい大人が忙しい事だと思いながら、けれど無言でベックマンは振り返る。何も言わずに替えのシャツを突き出すと、唇を尖らせたままのシャンクスはそれを一瞥してふいっと顔を背けてみせた。
「……お頭」
 忍耐強く呼び掛けると、渋々といった様子で目線だけはこちらに向けて、どうやらベックマンの様子を伺っているようだった。
「……」
 フーっと深く溜息をついて、ベックマンは考える。もう三十代も半ばになろうというのに、こういった私生活の中で見せる顔がどんどん子供じみてきたような気がする。そのかわり、戦闘の時に見せる顔はますます研ぎすまされ……かすかに残忍ささえも漂わせるようになったと思い、その相反する二つの顔に背筋を何かが走り抜けた。戦慄と、軽い官能と。
「なあ、これ!」
 痺れを切らしたらしく、自分からそれを差し出してくるのを受け取ると……掌に乗ってしまう大きさの……。
「……犬か?」
 困惑を隠せずにそう尋ねると、違うと首を振られる。
「……すまん、イルカだな」
 ますます違うと眉間にしわが寄っていく。
 ベックマンは、自分の掌に乗せられた、正体不明の造形物をまじまじと眺めやる。粘土をこねて作った上に絵の具で色を着けたもの……らしいのではあるが。いかんせん、何の形をしているのかが判別できないのだ。色もまた、どういう基準で選んだのかがわからないような配色で、ベックマンは頭を抱えたくなった。
「どう見てもコレ、鳥だろうがよ」
 鼻息も荒くそう言われても、どのへんをどう見れば鳥なのかがわからない。仕方なく男は頷いた。
「そうか、すまん」
「ったく、てめぇが鳥好きだってぇから、わざわざこのオレが作ってやったってぇのによ」
 やってらんねぇなあ、と赤い頭をバリバリと掻く。その手も絵の具まみれで、ベックマンは自分の主人の不器用さに改めて思い至った。
 剣を操らせれば向うところ敵なしだというのに、その手が戦闘以外で器用に動く事は決して、ない。料理を作れば、野菜よりも手を刻む回数の方が多い。粘土をこねれば、正体不明の物体ができあがる。絵を描けば、謎の色彩が広がるばかり。きっとこの『鳥』を作るのも、失敗に失敗を重ね、ようやくこの出来だったのだろうと知れた。
「村のガキ共の間で、最近粘土遊びが流行ってるんだとさ。混ぜてもらったんだけど、あいつら人が作ってるのを大笑いしてバカにしやがってよう」
 ぶつぶつ言う声は、それでも楽しそうだ。
「ついでに落とし穴も一緒に掘って来ちまった」
 ケケケ、と不吉な笑い声。そうか、この泥は落とし穴を掘ったせいか……とシャンクスのシャツを握り締めて溜息をひとつ。この人といると、一日に何回溜息を付いているかも解らないと思いながら。
「そうか」
 不器用で不器用で、子供にさえも笑われるようなシャンクスの右手。
「……ま、有り難く、もらっておく」
 くすぐったいようなこの気持ちは……そう言えばいつもこの男が原因だと、頭のどこか端の方で考えて。
 その右手が作り出したものを握り、ベックマンは我知らず顔を綻ばせていた。




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