ふわりと吹いた風に目を細め、白春はマフラーを巻き直した。
ず、と鼻をすすって長く伸びた袖口で拭く。いつもの仕草。いつもと変わらぬ日。
だが、今日は。
白春は袖口に隠してニヤリと嫌な笑いを浮かべた。
――今日はー、俺の誕生日ング……
誕生日。
それは、全てのワガママが許される日。
と、白春は何かを誤解している。誤解したまま、ここまで大きくなったのだから、最早誰もそれを訂正はしない。むしろ、できない。
――あ"ー、誰かプレゼントくれるングかな"ー
中学生だった去年は、このぼーっとした顔にだまされがちな女子達から、マフラーだの、グローブの手入れ用ワックスだのと何だか色々もらった記憶がある。こう見えて、彼はなかなかにもてるのだ。例え鼻水を垂らしていても。
「白春」
「あ"ー、おはようございま"す。屑桐先輩」
「おはよう。今日も早いな」
一年先輩の無涯が、いつものように無表情のままで白春の隣に並んだ。朝練のある日は、誰よりも早く登校するのが彼の習慣だ。白春も、たいてい同じくらいの時間に学校に行くようにしている。
「先輩も早いングですね"ー」
「うむ。……白春」
「はい?」
「誕生日だろう?これをやろう」
言って無涯は、大きな包みを取り出す。大きな…縦長の…取っ手がついた……。
「ティッシュ……?」
「うむ。お前はいつも鼻を垂らしているからな。必要だろう?」
「……………………………ありがどうございま"す」
まったく悪気と邪気の感じられない柔らかな笑みに負け、白春は嬉しいんだか嬉しくないんだか今いち自分でもわからないままに、お徳用ティッシュの取っ手を掴んだ。御丁寧に、リボンまで巻かれている。
なんとなく薄暗い気持ちになりながら、白春はちらりと無涯の顔を見上げた。
「気にせずに、どんどん使え」
穏やかに微笑んで、無涯はぐしゃぐしゃと白春の髪を撫でた。
「うわ"あ、嬉しいな"あ」
――すんげぇ可愛いング!何、今の笑顔!萌え"〜つかむしろ、犯してぇーーー
えへへと照れたように笑いながら、白春の脳内では既にすごい映像が流れ始めている。
うわ"あ、先輩やらしいングね"ぇ。そんないけない子にはお仕置きングよ……ん?逆ら"う気ですか?ダメですよ"、先輩。
「どうかしたか?白春」
「リボンで縛るング」
「何をだ?」
「……このリボン可愛いングですね"ー、先輩」
にこり、と白春が笑顔を向ければ、無涯もわからないままに笑みを返す。
危うく口から妄想を垂れ流してしまった白春は、袖口で鼻を拭うついでに、嫌な笑いを浮かべていた。
そうとも。気にせずに、どんどん使おう。
「録、今日は何の日か知ってるングか?」
「知らね (-_-)」
「じゃあ教えてあ"げるングよ」
「ネットでは誰も何にも言ってなかった気だけどな〜
(?_?)」
「俺の誕生日ング」
「……興味ね。つか、ウゼッ (-"-)」
録はいじり回していた携帯を白春に投げ付けそうな勢いだ。
あっち行け、バーカと蹴り飛ばす録の足をよけながら、白春は鼻をすすって彼に詰め寄った。
「プレゼント」
「ああ〜?(・A・)」
「プレゼント欲しいング」
「お前さー、何言ってくれちゃってんの?何で俺がお前にプレゼントあげなきゃならなさ気?理解できな気〜
┓(´_`)┏」
鼻で笑って録はパックのジュースを口に運んだ。小馬鹿にした目付きのまま、持っていたノートパソコンの電源を入れる。
「そう"かー。屑桐先輩はプレゼントくれたんだけどなあ……」
屑桐先輩、の言葉に録はピクリと反応する。
「録はくれないングねえ……」
「お、お前、屑桐先輩に何もらったんだよ?
(*_*;」
「……知りたいング?」
「い、いや、別に知りたい訳じゃなさ気だろ?
(^_^;」
「屑桐先輩は、俺の身体を心配してティッシュをくれたングよ」
どさ、と録の机の上にもらったティッシュを乗せてやる。ひらりと翻るリボンもそのままだ。
「……い、いいなぁ…… (>_<)」
「あれっ、録、うらやましいング?」
「ち、ちがっ違う!違う気!違う気! (@_@)」
「そう"かー?あ、俺、鼻かもうかな"ー」
バリバリと周りのビニールパックをはがしていると、録は心底うらやましそうな顔で白春の手元を見つめている。食い入るような勢いだ。
ボックスティッシュを開け、白春は思う存分鼻をかんだ。
「あ"ー、スッキリした」
相変わらず録は、餓死寸前の人のようにボックスティッシュの山を見つめている。電源を入れたノートパソコンの事は頭から飛んでしまったようで、手も付けられずにそこに放置されたままだ。
「録、一個分けてあげるングよ」
「マジ?!……いやいや、いらねーよ (-_-;)」
「まあそう言わなくても"いいング。欲しいングだろ?」
「……くれんの?マジで? (・・;)」
白春は、にっこりと笑って一箱、録に差し出した。
「お前って、すげえいい奴気じゃねぇ?ありがとー、はく……」
しゅん、まで言えずに録は固まった。差し出されたティッシュの箱が引っ込められたからだ。
「それで、代わりに録は何をくれるングかな?」
「……ああ、お前はそーゆー奴だよな。いいよ、帰りに何でもおごってやる気。やるから、そのティッシュをくれ!屑桐先輩自ら買ったそのティッシュを俺にくれー!(>A<)」
「約束したングよー」
白春の笑みが、袖口の下でにやりと歪んだ。
練習も無事に終了し、ぶつぶつ言い続ける録に散々おごらせて、白春は満足そうに微笑んでいる。横では録が今にも彼に噛みつきそうな顔付きで、ティッシュの箱で四角くふくらんだカバンを大事そうに抱えていた。
「これで御満足ですか、ハナっ垂れ (-_-)」
「うん、お腹一杯になったングー。いい誕生日だったな"ー」
「じゃーさっさと帰るぞ (-_-)」
「うーん」
「何だその返事は。まだ喰い足りな気かよ?
(-_-)」
「プレゼントもらってないング」
そう言って、白春はずず、と鼻をすすった。ちらりと横を見れば、録が言葉もなく固まっている。
「……お前って奴は、あんだけ人におごらせといて何言ってる気?その垂れてるのは鼻水じゃなくて、脳味噌か?
(・・;)」
本気で心配になったように、録は白春を見上げた。見下ろしてくる白春の表情は、いつもと違って妙に真剣だ。
「もらってないングよ。あれは、ティッシュの代金だろ"」
録からのプレゼントじゃない。そう囁き、彼はかすかに瞳をすがめた。
「で、結局、録は何もくれるつもりないング?」
「当たり前だろ!あんだけ喰っといて何言ってる気?
(>_<)」
「……じゃあ、勝手にもらうングよ」
「へっ? (?_?)」
言うが早いか、白春は屈み込み、静かに録に接吻けた。
「……へっ? (?_?)」
そのまますぐに身体を離し、何もなかったように鼻をすする。白春の呑気なその顔を見つめ、次の瞬間に録は叫びだしていた。
「ぎゃあああぁぁぁっ! (@o@)」
「うるさい"なー」
「おまっ、おまっ、おま、今、何したーっ!
(@o@)」
「キスに決まってるングよ」
「こ、この変態!ホモ!バーカ!(>A<)」
「あー、録、ファーストキスだったングね?」
にやりと笑って図星を差され、録は真っ赤になって言葉に詰まった。そのまま、白春の自慢の足を蹴り飛ばし、ダーっとすごい勢いで走り出す。角の街灯の下で立ち止まり、クルリと振り向いて彼は叫んだ。
「死ね!バーカ!二度と口きかねーからな!(>A<)」
「また明日ね"ー録ー」
「うるせーバーカ! (`A´)」
もう口きいてるングよ……と思いつつも口には出さず、白春は録の走り去る後ろ姿を見送った。録に触れた唇に自分の指先で触れ、ふと嬉しそうに笑み崩れる。
「もう、高校生にな"ったしね……」
そろそろ、こっちを向いてもらってもいい頃だと思うんだけど。そう胸の内で呟いて。白春は静かに空を見上げた。
もう、満天の星空が広がっている。
明日からは少し。そう、少しだけ違う生活が待っているだろうと。彼は嬉しいようなくすぐったいような気持ちで、家への道をゆっくりと歩き始めた。
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