将を射る馬




「ねーねー屑桐先輩、これ」
 妙に嬉しそうな声で芭唐が差し出したのは、何やら妙に可愛らしいウサギのぬいぐるみだ。てのひらサイズのそれは、はっきり言って芭唐には全く似合わない。
「……これが、どうした?」
「今それで取って来たんスよー」
 それ、と言うのは芭唐のすぐ後ろにあるUFOキャッチャーの事だ。無涯も全く興味がないながらも、器用なものだと思いながら見ていたのでそのくらいはわかる。部活が終わった後に『寄り道しましょうよー』とはしゃぐ芭唐に逆らい切れず、ずるずるとここまで連れて来られてしまった彼は、ゲームセンターの中でも所在なげに突っ立っているだけだった。
 周り中からガンガン響く音の波が、うるさくて仕方ない。
 愉快ではないな、と思いつつ、彼は腕組みして芭唐の顔を眺めた。
 えへへと笑って真っ白なウサギを持っているその顔は、どこか幼げで微笑ましい気持ちになる。そんな自分の心を戒めつつ、彼は首を傾げてみせた。
「それで、どうした?」
 ウサギを取った事を褒めて欲しいのだろうかと、無涯なりに気を使って問いかけてみる。
「先輩、妹さんいるっしょ?これ、先輩の妹さんにプレゼントー」
「うちの妹にか?」
「そーッス。オレが持ってても仕方ないっしょ?女の子って、こーゆーの好きじゃねーッスか」
「……ああ、そうだな」
「はい。じゃ、これ、バカラ君からのプレゼントって言って渡して下さいね」
 上機嫌のままに、彼は無涯の手にその愛らしいウサギをぽんと乗せた。芭唐に似合わなかったそれは、無涯にはますます似合わない。
「すまんな、御柳」
「何言ってんスか、オレが勝手にプレゼントしたんスからー」
「しかし、あの年頃の女子というのは、本当に細々としたものが好きだな」
「そうっしょ?このウサちゃんなんか直球ストライクじゃねースか?」
「うむ。オレにはよくわからんが……。先日も、何やらキラキラした髪留めが欲しいと言い出してな」
 いつもより少し表情を和らげ、無涯が妹の話を始める。てのひらに乗せられたウサギの耳をいじりながら、どこか面映いように視線を伏せている顔を見つめ、芭唐は心の中でにんまりと笑った。

 ――ポイントゲーット!芭唐君の株が急上昇中!

 そんな芭唐の心中も知らぬげに、無涯はふんわりしたウサギの耳をいじり回す。
「あまりねだるものだから、買ってやったんだが。そうしたら何を思ったのか、あいつはオレの頭にそれを付けるんだ。全く、あれには参った。……御柳?」

 ――妹さん、ナイス!最高!この人の頭にキラキラのヘアピンかよ!すげぇな、オイ

 色々な意味で死にそうになりながら、芭唐はすごい笑顔で首を振った。
「何でもねーッス」
「……?そうか?まあ、とにかく、そんな感じでな。一体何を考えているのやら」
「やー、でも、可愛いッスねー。屑桐さんに似てるんスか?」
「どうだろうな。録や白春は似ていると言うが」
 その言葉に、一瞬にして芭唐の笑顔が凍り付く。ガーン、と聞こえそうな勢いで青ざめながら、無涯の肩を両手で掴んで揺さぶり始める。
「な、何スかそれ!先輩達、まさか屑桐さんち行った事あるんじゃ……!」
「どうした、御柳、落ち着け」
「どうなんスか!」
「ああ、あいつらは何度か家に来た事があるが……」

 ――マジで?!やべー、やっぱ二年の差はきついわ……あのふたりにすら三馬身リードされてるじゃねーかオイ!

 愕然としながらうなだれる芭唐の姿を見ると、慌てたように無涯は彼の顔を覗き込んだ。
「どうした、御柳。腹でも痛いのか?」
「腹じゃなくて、ココロが痛いんスよ……」
「どうしたんだ?」
「何でもねーッス!」
 ガムではなく頬をぷくーっと膨らまし、芭唐は唇を尖らせる。リードされているのなら、そこを勢い良く縮めていかなくては先頭に飛び出す事などできはしない。縮める自信は、まあ……あるような、ないような。

 ――いやいや、あるに決まってるっしょ

 自分に渇を入れ直し、キッと無涯に向き直る。視界がかすかに涙で滲んでいるのは気のせいだろうか。
「屑桐さん、オレも屑桐さんち遊びに行きたいんスけど!」
「うむ?狭くてむさ苦しいところだぞ」
「いいんスよ、遊びに行かせて下さいよー」
「まあ、そのうちに機会があったらな」
「絶対ですよ〜、約束ですよ〜」
 無涯の腕に取りすがってそう約束を強要する姿は、どこか幼い弟妹とだぶり、ついつい無涯は頬を緩めた。まったく仕方のない奴だと言いたげな顔で、芭唐の髪をぐしゃりと乱す。
「ああ、約束だ」
 大きなてのひらに頭を撫でられ、芭唐はうっとりと両目をつぶる。

 ――し・あ・わ・せ〜……ああ、お家に行ったら親御さんに何て挨拶しよう……やっぱここはひとつガツンと『お宅の息子さんを僕に下さい!』いやいや『息子さんを必ず幸せにしてみせます!』いやいやむしろ『養子に入る覚悟もあります!』あー、迷う。迷い過ぎっつーくれぇ迷う

 それ以前に無涯との交際が始まっていないという事実は忘却の彼方に追いやり、妄想ばかりが膨らんでいく。そんな芭唐の思惑も知らぬまま、無涯は遠くを眺めふわりと笑みを浮かべた。
「今年のホワイトデーには、録が大きなケーキを買ってきてな」
「……へ?」
 今年のホワイトデー?妄想の中にいた芭唐は、唐突に現実へと引き戻された。ああ、オレの入学する前の話ッスね、と相槌を打てば、無涯がそうだと頷いてみせる。
「バレンタインに、うちの妹が録と白春にチョコをプレゼントしたそのお返しだと言って。こんな大きなケーキだぞ?妹がひどく喜んでいた」
「……あんのパソオタ半裸……」
「む?何か言ったか?」
「いやいや何でもねーッス」
 顔中を引きつらせながらも平静を装い、努めて笑顔を作ってみせた。腹の中は煮えくり返っているわけだが。

 ――半裸のクセに、細かくポイント稼いでんじゃねぇかよ先輩よー。将を射んと欲すればまず馬を射よってか?ああ?最近オレは賢いぞ?屑桐さんに合わせて小難しいコトワザなんか覚えちゃってっからな!

「ババババレンタインすか、ハハ」
「うむ。うちの妹は録と白春が特に気に入っているらしい。弟達は帥仙が好きだな」

 ――眼帯三軍野郎まで……おいおい、冗談じゃねーぞこりゃ……

 自分が相当出遅れているようだと気付き、芭唐の奥歯はキリキリと鳴った。
「……御柳、さっきからどうかしたのか?まだ腹が痛いのか?」
 だからハラは痛くねーです!とは答えずに、彼は少し涙目のまま小さく首を振った。口を開いたら最後、涙がぽろりとこぼれ落ちそうだ。
「我慢しなくていい。本当に具合が悪そうだぞ」
「せ、先輩」
「何だ?」
「ぜ、絶対今度センパイんち遊びに行きますからね!いいッスよね!」
 むしろ今すぐ!と叫びたいくらいの気持ちを抑えつつ、芭唐は必死で言い募った。脳内では既に、無涯の弟妹に渡す為の手土産を選び始めている。
 どうにかして気に入られ『御柳君がまた来てくれればいいのにー』とか『御柳君がいると楽しいなー』とか『御柳君がうちで一緒に住んでくれればいいのにー』などと言われたい!両手をきつく拳に握り、芭唐は乙女のようにうっとりとそんな妄想に浸り込んだ。
 将を射んと欲すればまず馬を射よ。
 この諺はまったくもって正しいのだと心に刻み、芭唐は新たな戦略を練るべく、さほど賢くない、けれど無涯に関してだけは無駄によく働く頭脳をフル回転させ始めた。
 そんな芭唐の胸中など何も知らぬげに、無涯は手の中のウサギをじっと見つめている。ふわふわと白いそれにふと微笑んで、楽しそうに芭唐へと目をやった。
「このウサギは、白春に似ているな」
「はぁぁぁーっっっ?!」
 あんた!何ほざいてんですか!と声にならない声で叫ぶと、無涯の眉が心外そうに寄せられた。
「……似ていないか?この、白いところが」
「白いだけで、あんたぁ何でもあのハナミズに似てるってんスか!この可愛いウサちゃんのどこが、一体どこがあの腹黒ハナ垂れ野郎に似てるってんだー!」
 血管が切れそうな勢いで詰め寄れば、無涯は寄せた眉を更にしかめ、血走った芭唐の目を睨み据える。何をこんなに興奮しているのかと訝しげな様子だ。
「似ていないか?」
「似てねーッス!つか、オレがあげたんだから、そいつには『バカラ』とか名前付けてくれりゃいいじゃねーッスか!そんくらいの夢見させてくれてもいいじゃねーッスか!」
「む……妹にやる物に『バカ』などという名は付けたくない」
「バカじゃねーッス!バカラっすー!」
 そう叫び、芭唐はワっと泣き伏した。端から見れば、立派にホモ男子高校生の痴話喧嘩だ。
「せ、先輩はいっつもそうだ……。何かってーと『録』だの『白春』だの『桜花』だのっつって、オレの事なんざこれっぽっちも気に止めちゃくれねぇ……。ひでぇッスよ!ひでぇ!差別ッスー!」
「む……それのどこがおかしいのだ」
「おかしいッス!もう全体におかしすぎ!」
「……?」
「先輩の馬鹿ーっ!」
 流れる涙を拭いもせずに、芭唐はやや乙女走りでゲームセンターから飛び出して行った。
「でも、好きーっ!」
 そんな捨て台詞のような叫びと、呆然と佇む無涯ひとりを残したままに。
 手の中の白いウサギを眺め、彼はことりと首を捻る。

 ――あいつは一体、何を急に怒り出したのだ?

 理解できん。
 そう言いたげな溜息をひとつ落とし、無涯は疲れたように首を振った。手の中のウサギが、白春だけでなくどこか帥仙にも似ているなどと、芭唐が聞いたらまた泣き出すような事を考えながら。




ギャグなんだか何なんだか…中途半端なもん書きやがってこの女。
でっかいケーキの箱を抱えてる録を想像したら可愛かったので書いたお話。
ついでに言うと、バカラんに「先輩の馬鹿ーっ!でも、好きーっ!」と言わせたかった。
あと乙女走り。
うちのバカラんが目指す路線は、70年代の少女漫画かなあ…。<いい加減にしろ!




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