運命はカードで遊ぶ




「絶対嫌だ」
 シリウスの地を這うような声が、リーマスの鼓膜を直撃する。つとめて視線を合わせないようにしてはいたが、きっと射殺さんばかりの鋭い目で睨み付けているのだろう。不穏な気配が、嫌というほど彼の身体に伝わっていた。
「でもさ……」
「絶対に、嫌だ」
 勇気を出して紡いだ言葉は、あっさりとシリウスの声にかき消されてしまう。ちらり、と目を上げてジェームズを見てみると、足を組んで悠々とコーヒーなど飲んでいる。事態を面白がるように目の前のふたりを見比べて、彼はもう一口、カップの中身を飲み込んだ。
 

 三年生になって三ヶ月と少し。ホグワーツ城にも、世間と同様、クリスマス休暇は分け隔てなく訪れた。学生達のほとんどは自宅へ帰り、そろそろ七面鳥を取り分けている頃だろう。窓の外を眺めやれば、しんしんと白いものが降りしきっている。
 悪戯三人組が何故この平和なホグワーツに残っているのかというと、実家へは帰らないというリーマスに付き合い、残るふたりも寮への残留組になったからだ。シリウスなどは、荷物をまとめるのが面倒だったせいもあるようだが。
 そして今、彼らが何を言い争っているのかというと。


「どうしても?」
あったりまえだろ!おいジェームズ、お前も何か言えよ、この馬鹿に!」
 馬鹿と呼ばれたリーマスはむっとした顔でシリウスを睨んだが、その程度の視線は痛くもかゆくもないらしい。
「うーん……そうだねぇ。僕はいい考えだと思うんだけど」
 苦笑しながら眼鏡をずり上げ、ジェームズは柔らかにそう告げる。それを無視する格好で、シリウスが更に畳み掛けた。
「いいか!俺だって嫌だし、あいつだって俺らの事あんなに嫌ってるんだぞ?来るわけないだろ」
「でもさ……」
 夕食の席で顔を合わせたスネイプはいつも通り背筋を伸ばし、無表情にクリスマスの御馳走をほんの少しだけ口に運んでいた。メリークリスマス、と遠慮がちに声をかけたリーマスに、彼はどこまでも白い顔の中、色のない唇で呟くように一言、メリークリスマス、ルーピン、と返してよこした。その様子を思い出して、リーマスは口を尖らせる。

 ――だって、もう少しセブルスの事が知りたいんだよ

 以前、魔法薬学の授業で一緒になった時から、彼はスネイプをあまり悪く思えなくなっていた。むしろ好意的な目で見てしまって、挙げ句にシリウスと喧嘩になる始末だ。
「でももクソもあるか!あいつを呼ぶなら、俺はひとりで先に寝てやるからな!」
「勝手に寝ればいいじゃないか、ひとりで寝るのが恐いような歳でもないだろ?」
「まあまあまあ、いい加減にしなよ、ふたりとも。ねえ、リーマス、シリウスの言う事ももっともな気はするよ」
 彼らのささやかなクリスマスパーティー……ゾンコの店で仕入れたいたずらグッズを山程と、ハニーデュークスの甘いお菓子の数々……そして、台所からこっそり頂いてくる料理を少々、もしかしたらほんの少しのアルコール。そんなパーティーに、スネイプが参加したがるはずもない。ましてメンバーはこの三人だ。
「だけど、やっぱり寂しいじゃないか」
 頬を少しだけ朱に染めて、リーマスはそうシリウスに訴える。
「あいつが『寂しい〜』なんて言う事があるなら、是非とも拝んでみたいもんだね」
「君、ほんっと感じ悪いぞ!」
「感じ悪いだぁ?それはあの陰険野郎に使う言葉だっての!この俺に『間抜け面』なんて言うような奴だぞ?」
 まだ忘れられないのか、シリウスは暗い目になり、以前、面と向って言われた悪口を繰り返す。まったく君は……と小さく溜息をついて、リーマスは更に言葉を紡ごうと口を開いた。
 そんなふたりの様子を横目に、ジェームズがつい、と席を立つ。
「どうした?この馬鹿を置いて逃げる気かよ、ジェームズ」
「うん、ちょっと」
「シリウス。何だよ君、その言い方。人の事馬鹿とかなんとか言ってるけど、そういう自分はどうなんだい?この間、授業に杖を忘れて行くなんていう魔法使いとも思えないような間の抜けた事したのって、誰だっけ?」
 相変わらずそんな言い争いを続けるふたりを置いて、ジェームズはそっと男子寮への階段を上がった。辿り着いた自室で手にした帚をゆっくり眺め、カタリと音を立てて窓を開ける。
 外はもはや暗い闇に包まれ、白く降り続く雪だけが微かな明かりを反射している。ホ、と白い息を吐き、彼はそっと雪の舞い散る中へと滑り出して行った。




 図書館の窓からは、たった一ケ所だけ小さな明かりがもれている。あそこだな、と当たりをつけて、ジェームズは帚をまっすぐにそちらへ向けた。彼の予想が正しければ、そこに目的の人物の姿があるはずだ。

 コンコン

 帚にまたがったまま、外からその窓を叩く。
「やあ、セブルス。メリークリスマス」
 そう言われ、中でゆっくりと読書をしていた彼は、目を真ん丸に見開いて窓を開ける。
「ジェームズ・ポッター……一体、何をしている?」
 普段ならば、寮の窓から帚で出ただけでも減点ものだ。まして、図書館の窓辺にこんな風にしているところなど、見つかったらば減点の上、罰掃除を言い付けられても文句は言えない。
「ん?いや、ここに来れば君に会えるかと思って」
「何の用か知らぬが、ならば正面からやって来い。何を考えているんだ、帚で窓からなど……」
「あのね」
 スネイプの言う事など何も聞かぬげに、ジェームズが帚の上から笑いかける。
「あのね、僕達のクリスマスパーティーに、君を招待したいんだけど」
……君は頭がおかしいのか?ジェームズ・ポッター」
 眉間に必要以上にしわを刻み込んでの返答に、ジェームズが眉尻を下げて笑う。眼鏡の奥の瞳も、どこか困ったように細められていた。
「ひどい言い方だなぁ、それ」
「一体どんな理由でこの僕が、君達のパーティーに出なくちゃならないのか、その事こそが疑問だね。大方、新しい悪戯のひとつも思い付いて、僕相手に試してみたいとでも言うところかい?申し訳ないが、僕はそんな下らない事にかかずらっているほど暇ではないし、君の御友人、あのブラックの寝ぼけ面など頼まれても拝みたくはない」
「ワーオ、立て板に水。それ、シリウスが聞いたらまーた落ち込んじゃうよ。結構ハンサムだと思うんだけどなぁ……」
 窓越しに憎まれ口を叩きつつも律儀に返答してくるスネイプに、ジェームズはどこか楽しそうだ。降り続く雪が肩につもるのも気にせずに、ふわふわと宙に浮かんでいる。慌てて巻き付けてきたマフラーが、おさまり悪く中途半端にほどけてしまっていた。
「とにかく、君のその無駄に賢くていらっしゃる頭にもそろそろ御理解頂けたと思うが、僕はクリスマスパーティーなど興味はないし、まして君達のパーティーになど!考えただけで寒気がする」
「寒気?風邪でもひいた?……うーん、残念だなぁ……。そんなに嫌なら、仕方ない」
 ジェームズは少し残念そうな表情を見せ、ちろりとスネイプの顔に視線を走らせた。黒々とした髪の中、表情のない白い顔がじっとこちらを見つめている。鼻梁が細く尖っているのが、やけに目についた。
 そのまま、何を考えるでもなく、帚から身を乗り出して窓辺のスネイプに近付くと、彼はそっと唇を触れさせた。本当に掠めるほどの、淡く小さなキス。
 キスだなんて言えないようなその接吻は、唇の端を掠めただけのものだったけれど、本人達の認識で『キス』という事になれば、それは即ちキスなのだ。
「……パーティーに出ないって言うなら、その代わり。プレゼントは頂いたよ」
 一瞬、反応できずに固まったスネイプを見て、ジェームズは唇の端でにやりと笑った。
き、貴様ーっ!どこまで僕を愚弄すれば気が済むのだ!」
「そんなに怒らなくてもいいじゃない?クリスマスだよ、今日は」
「クリスマスだろうが感謝祭だろうが、関係あるか!」
 図書館の向こうから、司書のマダム・ピンスの声がする。『一体何事です?図書館で大声を出すなんて!』
「マダム・ピンスが怒ってるよ、セブルス」
「貴様にファースト・ネームで呼ばれる筋合いはない!スネイプと呼べ、不愉快だ!
「貸し出し禁止にされちゃうよ?マダム・ピンスを怒らせると」
 相変わらずスネイプの言う事には構わずに、ジェームズは勝手な事ばかり自分のペースで喋っている。たった今、自分が何をしたかも忘れたように普通の顔だ。
 スネイプの背後からマダム・ピンスの神経質な足音が聞こえ、ジェームズは窓辺からさっと身を翻した。
「おっと、それじゃあね、セブルス。素敵なクリスマスを!」
 真っ白な雪が舞う中、彼は滑るように帚で飛び去って行った。
 後に残されたのは、今にも雷を落としそうなマダム・ピンスと、怒りに顔を青ざめさせたスネイプのふたりだけ。
「それで?図書館でこんな大声を出すとはどういうつもりです?セブルス・スネイプ。まして、この雪に窓を開けているとは!」
「……申し訳ありません」
 言い訳をしても結局無駄と判断し、彼はしかめっ面のままで頭を下げる。まだ続きそうなマダム・ピンスのお説教を頭の上で聞き流すそのしかめっ面は、先程のジェームズの所行を思い出して更に凶悪なものになっていた。

 ――ジェームズ・ポッター!いまいましい、何が素敵なクリスマスだ!

 その顔は、今なら奴を噛み殺す自信がある、と言わんばかり。




「あれ?バトルは終了?」
 談話室へと降りて行ったジェームズが軽い声でそう聞くと、リーマスは顔も上げずに肩をすくめる。ジェームズからのクリスマスプレゼントだった『おいしいおやつとたっぷりデザート〜基礎呪文〜』を読みふけっているのは、よほど気に入ったのか腹が減っているかのどちらかだろう。
 シリウスはと見れば、リーマスの向いのソファにだらしなく寝そべっている。退屈を持て余す大型犬といった風情だ。どうやら言い争いは無事に終了したらしい。
「どこ行ってたの?」
「あー……うん、ちょっと探し物があって」
「へえ、何を?」
 ふと顔を上げてそう聞いたリーマスを見て、ジェームズは曖昧に笑った。
「さあ……何をだろう?自分でもわかんなくなっちゃったよ」
「おいおい、我らがシーカー。情けない事言うなよな」
 探し物はお得意のはずだろ。そうシリウスの茶化す声にもうひとつ曖昧な笑みを浮かべ、彼は眼鏡をずり上げた。先程ほんの少し掠めたスネイプの感触をごまかすように唇を噛み、誰にもわからないほど小さく首を振る。
「さて、と。我々のパーティーを厳粛に執り行おうと思うが、いかがかね、諸君」
「待ちくたびれて腹ペコだっての」
「同感だ、珍しく気が合うね、シリウス」
 リーマスはそう、にこりと笑う。
「では、いざ行かん!食糧の調達へと!」
 威勢よくそう言って透明マントをはためかせながら、ジェームズはちらりとリーマスの顔に視線を走らせた。

 ――さて、侮れないのは……誰かな?

 心の中でそう呟いて、彼は己の唇に人差し指でそっと触れる。一体この先どうなるだろうとひとりごち、ジェームズは眼鏡の奥の瞳を小さく笑ませた。その笑みに気付いた者は、その時はまだいなかったけれど。






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