この店でふたりで買い物をするのは、これで三度目だ。酒を買い、つまみや食料を買い、そのままバーナビーの家で酒盛りに雪崩込むのだ。市長の息子を預かった時の酒盛り以来、数日に一度こうして虎徹が自分の家に上がり込む事が、バーナビーの日常に組み込まれ始めていた。
――おかしな話だな……
今までの自分ならば決して持ち得なかった、そんな時間だ。仕事のパートナーと酒を飲む、ましてやプライベートへの干渉を許すなど、考えた事もなかったというのに。今はその時間を過ごす事が、心地良い。何物にも代え難いとすら、思ってしまうほどに。
そんな自分を心の中でかすかに笑い、バーナビーは酒を物色中の虎徹の背中を眺めた。自分の調子を狂わせる、たったひとりの相棒の背中を。
「まだ買うんですか?」
「どうせ飲むだろ。余ったらまた次に回しゃいいんだし」
当然といった様子の虎徹の言葉に、青年の目元が綻ぶ。
――次、か……
今からそれを楽しみにしている己がいるのを感じながら、バーナビーは手を伸ばしウォッカの瓶をカートへと収めた。
定番のレジェンドビールを一ダース、虎徹が抱えてカートに入れる。バーナビー好みの辛口のロゼの瓶が、ビールの缶とぶつかり小さく音を立てた。
カートの中には、ビールにワイン、ウォッカとスコッチ、そしてジン。これに家に残っている貰いものの酒も合わせれば、今宵の酒盛りには事足りるだろう。
バーナビーは眼鏡を押し上げ、ちらりと傍らの虎徹に目をやった。次いで、深いため息をつく。
「……またそういうジャンクフードを……」
男の手が握りしめているのは、ポテトチップスの袋。つまみにでもするつもりなのだろうが、健康的とは言い難い代物だ。くいっと顎を上げて冷たく見下ろしてやれば、虎徹は下唇を突き出して食ってかかってきた。
「これに特製マヨネーズディップ付けて喰うと、すんげー美味いんだぞ!?知らねーの!?」
「知りませんね。あなた、人には『ちゃんと飯喰ってるか』なんて言ってましたけど、自分の方こそ食生活どうなんですか?お酒と炭水化物とジャンクフードの話しか聞かない気がするんですけど」
「んな事ねぇよ!アレだ、あのー……ちゃんと自炊してるしな、おじさんは。おまえもこの前食べただろ、虎徹特製炒飯!美味かったって言ってたろ!」
「まあ、味は美味しかったですよ」
「だろぉ!?」
得意げな虎徹の顔を斜めに眺めやりながら、バーナビーはカートにつまみになる食品をいくつか投げ込む。パストラミ、プロシュット、オリーブ、カマンベールチーズにドライフィグ。
その横から虎徹がさりげなくポテトチップスの袋を入れようとするのを、これまたバーナビーも素知らぬ顔でカートを動かしかわしてしまう。
入れようとするのと、かわすのと。数回繰り返した頃にはレジにたどり着き、ちゃっかりと虎徹がポテトチップスをカートに入れるのを、わざとらしいため息をついて受け入れる。
どこまでも下らないこんなやり取りが、今のバーナビーには楽しくてならないのだ。
唇の端に、こっそりと笑みを刻み込み。青年は酒と食べ物でいっぱいの買い物袋を手に、同じく買い物袋を抱えた相棒と共に家路についたのだった。
だだっ広いリビングルームは、いつもの通り生活感の欠片すらない。そんな静かな部屋の中に、ビニール袋のガサガサ言う音と男の笑い声が響く。虎徹の気配はいつも、この部屋の空気を賑やかに彩った。
キッチンに食料を運び込み、ワインとビールを冷蔵庫に入れる。ビールはともかく、ワインの方は一時間もすれば飲み頃になるだろう。
バーナビーは慣れた手付きで、買ってきたつまみを皿に並べ始める。
「野菜も喰わないとダメだろ、バニーちゃん」
「わかってます。ちょっと、つまみ食いはやめて下さいよ、お行儀が悪いな」
「つまみ食いがいっちばん美味いんだぞ、さては知らねぇな?ほら、おまえさんもやってみろって」
「知りません、いりません。……何でマヨネーズ持って待機してるんですか?」
作り置きしておいた野菜スティックを皿に盛りながら、バーナビーの眉が寄る。虎徹の手には、チューブ入りのマヨネーズ。最初にこの部屋に来た時に彼が買ってきて、そのまま勝手に常備品として冷蔵庫の片隅を占拠している代物だ。
「ん?」
にひ、と笑って小首を傾げてみせる虎徹に、ため息をひとつ。その仕草がやけに可愛いと思ってしまった事には自分でも気付かぬふりで、バーナビーは彩りよくつまみの並んだ皿を二枚、虎徹に押し付けた。
「はい、持って行って下さい。野菜にマヨネーズ、かけないで下さいよ」
「うむっ」
返事だけはきっちりしているが、どうせかけるに決まっている。そうわかってはいても、一応釘を刺さずにはいられない。そんなバーナビーを後目に、男はさっさとリビングへと向かった。
「……ったく、仕方ない人だな……」
その後ろ姿を見送りながら、小さく苦笑を零す。その呟きが妙に甘い響きを帯びていた事に気付き、青年はぎゅっと眉を寄せて首を傾げた。小さく、咳払いをする。
近頃、やけにこういう事が多いのだ。
====この先、R-18部分のサンプルです。ご注意下さい。====
焦点が合わないほど間近にある互いの瞳を見つめながら、熱い吐息と唾液を混ぜ合うキスを交わす。
虎徹の手が焦れたようにバーナビーのベルトにかかり、バックルを外す。じりじりと音立てて前合わせの歯噛みを下ろせば、押さえつけられていたバーナビーの雄が下着の布地を押し上げ、虎徹の手に当たった。
「……っ!」
息を呑んだのは、バーナビーか。それとも虎徹の方か。或いは、ふたり共にだったのかもしれない。
互いに見つめ合い、動いたのはどちらが先だったのか。
立ったまま触れ合うのに堪えられなくなり、もつれ合うようにしてベッドへと転がり込む。黒いシーツに覆われたベッドが、ぎしりと大きく軋みをあげた。
バーナビーの慣れない指が虎徹のベルトを外そうとするのを、男は指で導き手伝ってやる。蹴り付けるようにして靴を脱ぎ、そのまま下着ごとパンツを脱ぎ捨てる。
虎徹の昂りもまた、既に硬く芯を持ち頭をもたげ始めていた。目にしたバーナビーが、ごくり、喉を鳴らす。
「……バニー」
聞いた事もない、艶を含んだ低い声が、バーナビーを呼ぶ。
目眩がしそうなほどの男の色気に、青年は吸い寄せられるように顔を近付けた。唇を吐息が掠めた途端、柔らかにベッドに押し倒される。
ぎしりと頭の下でベッドが軋む音が響き、目の前には甘く笑む虎徹の顔。両の手をベッドに縫い止められ、下半身では揺れる昂りを重ねるようにして腰を揺らされる。
「ん……っ、ぁ……」
「……、すげぇ、勃ってるな……ガチガチだ」
裏側の筋を擦り合わせながらそんな事を言われ、バーナビーは耳までも朱に染めた。後ろの袋も悪戯に刺激され、腹筋が震える。
するり、バーナビーを縫い止めていた虎徹の手が動き、その顔から再び眼鏡を取り上げた。
「ちょっと、また……!」
「見えるだろ?」
抗議の声を遮るように、虎徹が間近に顔を寄せ、甘く囁く。キスの距離まであとほんの少しのところでバーナビーを焦らし、男は伸ばした手でベッドサイドへと眼鏡を置いてしまう。
触れるか触れないかのところで唇に吐息を感じさせ、虎徹はもうひとつ、甘い囁きを落とした。
「……こんなに近くにいるのに。見えないわけねぇだろ、バニー?」
誰よりも、傍にいるのに。
ちろり、唇を舐めた虎徹の舌の赤さに目が奪われる。むせ返るような色香がその身から放たれていて、バーナビーはその人を見上げてくらり、目眩がするようだった。
「ほら、握って……」
囁く声は深く甘く、耳に直接、吐息と共に吹き込まれる。耳朶をくすぐる熱い息に背筋を震わせて、バーナビーの思考はぐずぐずに蕩かされていく。
己の雄と虎徹の雄とが重なり合い、互いをもどかしく刺激している。虎徹の手がバーナビーの手を促して、二人分のそれをゆるく扱き上げた。
温かくて大きな虎徹の手指が己の性器を擦り上げるのが、たまらなく気持ち良い。
バーナビーにとっては、他人が己の性器にそういう意図を持って触れるという、まるきり初めての経験だ。かすかな喘ぎを零しながら、頬を朱に染めてその快楽に酔う。
ぷくりとバーナビーの先端が露を結び、とろり、虎徹の手を濡らした。
「……こんなんなって、キツいだろ?一度、出しちまえよ……バニー」
「んんっ……ぁ、はっ……」
そう優しく誘われて、促されるままに欲望の限りを吐き出したくはあったが。頭の片隅に、わずかな理性がのこっていた。
ここまで虎徹にばかりリードされ、バーナビーは甘く喘がされてばかりだ。いくら初心者だとは言え、不本意では、あった。想う相手を鳴かせたいという本能くらい、バーナビーとて持ち合わせている。
形勢を逆転させる為に、虎徹の細い腰を掴んで身体を返す。
「おわっ……」
ぼすん、と体勢を崩し、虎徹がベッドに転がる。黒いシーツの海に頬をすり付け、喉奥で男が低い笑いを洩らした。
「どした、バニー?」
上目遣いに問いかける虎徹はどこまでも艶っぽく、大人の男の色気を十二分に感じさせる。普段のドジやお間抜けぶりなど、この顔しか知らなかったら想像もできないだろう。
ごくり、バーナビーは唾液を飲み下した。
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