ゆっくりと中庭を見渡し、家光はかすかに唇を綻ばせた。
季節で咲く花が変わっても、この庭の佇まいそのものはほとんど変わる事がない。懐かしさに目を細め、家光は回廊から中庭へと、ゆっくりと足を踏み出した。
カサカサと枯れ葉が乾いた音を立て、冷たい風が吹き抜けていく。
さくり、さくり、色の失せつつある芝を踏み、家光はのんびりと足を運ぶ。
中庭と呼ぶには広過ぎるほどの庭の中、男が目指す場所はただひとつ。中庭の片隅に生える樹の陰だ。昔、よく居眠りをした、その木陰。
……子猫を探しに訪れた、その場所だ。
木陰で本を読んでいたその小さな姿を思い出し、家光はふわり、胸のどこかが暖まるような気分になった。可愛い可愛い、黒い子猫。
東屋を横目に眺めつつ、背の低い茂みを抜けて。春になれば花咲き乱れる花壇の小道を通り、木々が目隠しをする角を曲がれば、そこには。
「……あれ?」
そこには、変わりなくあの樹が佇んでいる。あの頃よりも背を伸ばし、豊かに枝葉を伸ばして。
それはともかく、だ。
「あれ……ザンザス?」
たった今思い返し、彼の胸を暖めていた子猫までもが、そこにいる。予想もしていなかった光景に、家光は淡茶の瞳を見開いてことり、首を傾げた。
柔らかな晩秋の日差しが、随分と隙間のできた枝葉の間から、地上へと降り注ぐ。そんな木漏れ日の中、根元に座って木の幹にもたれかかっているのは。
しなやかに美しい姿をした、大型の猫科の肉食獣。見事な大人へと成長した、かつての可愛い黒い子猫だ。
夜闇を思わせる黒髪、長めの前髪からのぞくのは、鮮やかな深紅の瞳。端正な顔立ちの中、細い鼻梁とはアンバランスなほどの量感を持つ唇がひどく官能的だ。その額に、頬に、残る傷跡さえもが、彼の持つ暴力的なまでの魅力を際立たせていて。
彼を幼い頃から見慣れているはずの家光でさえも、一瞬目を奪われずにはいられない。
言葉を忘れ、瞬きをひとつ、ふたつ。
吹き抜ける風に我に返ったように、男は柔らかに笑み崩れた。
「何だ、ザンザス〜。こんなとこで何やってんだ?」
いきなりいるから、びっくりしたぞぅ。
そう笑いかけながら傍らにしゃがみこめば、ザンザスはちらり、紅い視線を寄越した。柔らかな厚めの唇が、億劫そうに開かれる。
「見りゃわかるだろうが。本読んでんだよ」
「そっかそっか!いやぁ、偶然だなあ!今ちょうど、おまえの事考えてたんだよ」
よいしょ、と掛け声をかけてその隣に座り込めば、ザンザスは小さく眉間にしわを刻んだままに家光の言葉を反復する。
「……オレのか」
|
|