おためし


***綱吉×XANXUS***




 うららかな午後の陽射しが窓から差し込む執務室で、ボンゴレ十代目沢田綱吉は、読み進めていた書類から視線を上げた。
 先程からその紙切れに、いささか面倒な問題を円滑に解決せよと迫られ、綱吉の眉間には深いしわが刻まれていたのだが。
 けれど、今。
 不意に耳にした言葉に、綱吉は眉を寄せていた事など忘れたようにぽかんと口を開けていた。
 ただでさえ大きく丸い瞳が、ますます大きく見開かれる。そのまま、幾度か瞬きを繰り返し。
「……へ?」
 口から洩れたのは、なんとも間の抜けた音だけだ。
 そんな間の抜けた音を漏らした口を小さく開けたままに、綱吉は執務机の向こう側、向かい合う形でキーボードに指を走らせる男をまじまじと見つめた。

 ――え、今の、聞き間違い?

 見つめられた方はと言えば、その視線を気に留めるでもなく重厚な執務机の向こう側、伏し目がちに液晶モニターを見やりながら黙々と仕事をこなしている。
 長めの前髪から窺える表情は常と変わらぬ仏頂面で、綱吉はそれを見つめつつ、ことりと小首を傾げた。

 ――……やっぱ、聞き間違いだよね

 そもそも、この男……ザンザスが、例え冗談や嫌がらせにせよ、あんな台詞を自分に言うはずがない。そう己を納得させ、綱吉はうんうんと一人うなずいた。
 空耳かあ、疲れてるんだな、オレ。そうだよねえ、こっち来てから休みなしだもんな。大体、スケジュール詰めすぎなんだよ。日本人は休みなしでいくらでも働くと思ってんのかな?ていうか何でこんなにオレのやる仕事が多いんだろ?九代目は何してんの?半分引退状態とは言え、当代ドン・ボンゴレだろ?何でもかんでもオレに押しつけてさあ……。
「おい」
 つらつらと埒もない事を考えている綱吉に、低い声が放り投げられる。
「あ、え?」
「え、じゃねぇよ。ボサッとしてねぇで仕事しろ、このドカス」
 デスクワーク用の眼鏡の奥から、剣呑に細められた紅い瞳が綱吉を睨み据えている。その強い光に、慌てて居住まいを正し。
「は、はい!」
 しゃっきりと伸ばした背筋で、最大級に良い子のお返事を返してしまう。
 そんな綱吉を眺めやり、ザンザスは鼻先でフンと笑ってみせた。
「わかりゃ、いい」
 そのまま再びモニターに視線を戻したザンザスを見つめつつ、綱吉は落ち着く為にグラスの水を一口、含んだ。程良く冷えた天然水が、硬水特有の引っかかりを残しつつ、喉を潤していく。
「……ねえ」
「何だ」
 モニターから顔を上げもせず返された声に、ひとつ、呼吸を整えて。意を決したように、綱吉は言葉を続けた。
「あの、さ。さっき、何か言った……?」
「あぁ?覚えの悪ぃ頭だな。ボサッとしてねぇで仕事しろ、このドカス、だ」
「いや、それは覚えてるけど、ね……その……」
 言いよどむ青年に苛立ったように、ザンザスの眉間にしわが寄る。
「その前に。何か、言った……?」
「あぁ?」
 問われ、思い返すように瞳をさまよわせ。男はああ、と肩を竦めた。
 眼鏡のフレーム越し、紅い視線を綱吉に注ぎ、ザンザスは。
 何でもない事のように、言葉を続けた。
「てめぇに惚れてる、そう言ったな」
 紅い瞳に晒されたままに、綱吉の心臓がひとつ、大きく跳ね上がる。何を考える余裕もなく、ただザンザスを見つめ返す事しかできはしない。
 頭の中、木霊のように繰り返されるのは、告げられたたった一言だけ。
 惚れてる。
 惚れてる。
 惚れてる?
 え、誰が?
 ボンゴレ十代目沢田綱吉、二十二歳。
 ……青天の、霹靂。



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