おためし


***ボンゴレ初代×二代目***



「何をニヤニヤしている?」
 かけられた声は錆びた低さで、ジォットは今まで思い出していた幼い彼との違いに、くすぐったげに笑いを浮かべた。
 少年だったあの日、守らなければと初めて思った大切な義兄が、仏頂面をしてなめし革の手袋から手を引き抜く。あの時とは違う、大人の男の節の高い指が黒い革の下から現れる。長く形が良いというのに先が平たく堅い、荒れてかさついた、指。
「今夜はどんな美女に出会えるかと、想像してたのさ」
「まったくおまえは……いつもいつも」
 背もたれにかけた腕で頬杖をつき、小首を傾げるようにしてそんな事を言う義弟を見下ろし、男は苦く笑った。仕方なさげに肩を竦め、外した手袋を脇のテーブルの上へ置く。
「お目付け役殿は気苦労が絶えないな」
「わかっているのならば自重しろ」
 くすくすと笑う青年の甘やかな顔に、無駄と知りつつ男が厳しい顔をすると。ジォットの笑みはますます深いものになった。
「せっかくの祭の夜に、堅苦しい事は言いっこなしだ。さて、寝室は右と左、どちらがいい?どうぞ、貴方が先に選んで」
 居間を挟んで右と左にあるふたつの寝室、どちらを使うのか。選んでいいと言われた男は、ふたつを見比べ、水路に面した窓のある方を選んだ。鎧戸を、しっかりと確かめる。万が一にも外からの襲撃があった時に備え、水路までの高さと周辺の足場にも目を配る。
 そんな事をしていると、開け放したままだった後ろの扉が軽く叩かれた。
「……どうした」
「早く出かける支度をおしよ。日が暮れてしまうよ?」
 入り口にもたれかかり、ジォットはのんびりとした口調のままに、そう急かす。見れば彼は既に先ほどまで着ていたシャツから、夜の為のシャツに着替えを済ませていた。昼用の黄金色のボタンが、白蝶貝で作られた夜用のものに変わっている。虹のような遊紋を浮かべるそれが襟を覆うタイの下から見え隠れし、上品な艶を醸し出す。
「すぐに着替える」
 そう答え、旅行鞄から衣服を取り出し始めた彼に、ジォットはゆっくりと歩み寄った。手早く衣服を改める義兄の前に回り、シャツのボタンを閉めていく。黒い半貴石のボタンを細い指先で扱う義弟に、男は小さく眉を寄せた。
「女でもあるまいし、そんな事はしなくていい」
「大事な義兄さんの手伝いをする事に、何か問題が?」
 柔らかな金茶の前髪の間から上目遣いに男を見上げ、ジォットは澄ましてそんな事を言う。その手がボタンを全て閉めたところで、男はすいと身を引いた。
「仮にも組織の主となった人間が、そんな真似をするなと言っている」
 高くて硬い襟を上げ、そこにタイを巻こうと手を伸ばすと、一瞬早くジォットの手がその幅広で柔らかな布を取り上げてしまう。睨む瞳など気にも留めず、青年は男の襟元にタイを巻き付けた。柔らかで艶のある絹が、するりと冷たい音を立てる。
「誰が見ているわけでもあるまいに」
「常からの心構えの事を言っているんだ……我が、主」
 静かなその言葉にジォットは苦笑し、細い指でふわりとタイの形を整えた。



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