「……戻りてぇか」
「え?」
唐突なその言葉に首を傾げるが、ザンザスは相変わらず紅い瞳を逸らす事なく静かな視線を注いでいる。
「戻るって、日本に?」
「そういう意味じゃねぇ」
じゃあ、どういう。
そう問いかけそうになり、綱吉はふと気付いた。
――ああ、違うんだ
場所ではなく、時間。
あの頃の、何も知らなかった自分に戻りたいのか、と。そう、聞かれているのだ、ザンザスに。
マフィアなど関係なく、ただ平穏無事に過ごす事のできた生活に、帰りたいのか。怒るでもなく嘲るでもなく、ただ静かにそう問われている。
答えなど、考えるまでもなかった。
「……戻りたいわけじゃ、ないよ」
「じゃあ何だ」
「懐かしいとは思うけど。戻りたい、とは思わないよ」
だって、と言葉を続け。
「あの頃のままだったら、ザンザスの隣にいられないでしょ?」
平穏無事な生活。
穏やかで変化のない、優しく時間だけの流れる日々。
確かに、あの頃望んでいたのはそんな暮らしだったけれど。
それを、彼が変えてしまった。
ザンザス。
彼に出会った事で、綱吉の全てが変わったのだ。自らの意志で戦い、結局はマフィアへと繋がる道を選びとった。あの幼かった日には、こんな人生が待っているなんて思いもしなかったけれど。
この運命を、自ら選んだのだ。
綱吉自身に、自覚があったかどうかはともかくとして。
この紅い瞳に出会った、あの夜から。全てが変わり、全てが始まったのだろう。
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